第8話 お師匠様の思い
咄嗟にエリオットが人の姿に戻り私を抱きしめる。ギュッと抱きしめてもらい、何とか床に足を付けたところで腰が抜けてしまった。エリオットに支えて貰わなかったら、その場に座り込んで動けなかっただろう。
今さら心臓もバクバクと煩い。
「び、びっくりしたぁ……」
まさか魔道図書館が上空にあるなんて、誰が思うだろうか。
(ち、地上が見えなかった)
雲の上だと考えただけで、体が震えた。
「昔、僕とグレイであらゆる世界に繋がる扉をたくさん作ったのを忘れていた。……アイリ、ごめんね」
「い、良いわよ。ここが魔訶不思議な世界だって忘れていたし。……だ・か・ら」
「だから?」
エリオットは薄紅色の長い髪を揺らしながら、不思議そうに小首を傾げた。
うんイケメンだし、抱きしめられているけれどドキドキもしない。むしろ人に抱きしめられるのはやっぱり慣れないし、抵抗がある。
「本来の姿に戻って大丈夫よ」
「……アイリはこの姿には慣れない、好きになれない?」
「人間の姿だと抵抗がある……かな。エリオットだから、って訳じゃないわ」
「うん。……じゃあ、僕が愛について学んで知っていくように、アイリも人に慣れていくのはどうかな?」
「んー、別に困ってないから、とりあえずその問題は保留」
「保留……」
「そう。それに今はモフモフに囲まれて幸せだから、それをめいいっぱい味わいたい。エリオットの本来の姿をたくさんギュッとするし、キスもするよ? 撫で撫でやグルーミングもして、大事に、大事されるのは嫌?」
「嫌じゃない!」
ぼん、とモフモフの二足歩行するウサギさんに戻り私の腕の中に抱きつく。
うん、チョロい。でもこのモフモフ感と抱っこできるサイズ感は、最高に可愛いので、私はめいいっぱい撫でて上げた。これはこれで、お互いに幸せなのではないだろうか。
***
部屋は大きな窓が開いていて、カーテンが踊るように揺れているではないか。小綺麗なままなのは、エリオットの魔法によるものなのかもしれない。
早速日記あるいは手帳的な物を探す。
わらわら動き回る二足歩行のウサギさんたちは、可愛い。
(んー。私だったら、これかな?)
適当に本棚から本をとって、ペラペラとページを捲る。何語で書かれていたか不明な文字の羅列だが、嬉しいことに私の目には日本語に変換されているではないか。後で気になった本は読むとして、栞が挟まっているのを見つける。
そう、ただの栞だ。
けれどこう言う何気ない物にこそ、何か仕掛けをしてそうだと思った。
(……って、流石にそんな訳ないか)
栞を手に取って何も起きなかったのだが、そう思った直後、ジャランと栞が鍵束に変わったではないか。
「お師匠様が腰につけていた鍵!」
「わぁお」
「早速当たりかよ」
わらわらと鍵を見つけるウサギたちは素直に言って可愛いので、近くにいた
唐突に抱きしめられたシャイなウサギさんは、訳もわからずに大切にされて幸福で、ヘナヘナと力が抜けて可愛い。この子は片目に傷があるので、いつも物陰に見切れるようにいるのだ。
「ふふふっ、甘えるのが苦手でも、私が見つけてたくさん愛してあげるからね」
「!」
「癒し補充完了」
「お前……自分の欲望を隠さなくなってきたな」
「最初から隠してないけど?」
「……そうか」
「グレイもギュッとされたい?」
「今は鍵が先だ」
そう口調で言いながらも「さぁ、抱っこしろ」と前肢を出しているではないか。本当に素直じゃない。いっぱい撫でて上げたら、満足そうに腕の中で丸くなっている。
うん。素直が一番。可愛い。
発見した鍵束のほとんどは、
金銀財宝から、伝説の十二の武器シリーズなどもある。何に使うのか不明な物も山のように出てきた。とりあえず昔の私は収集癖があったようだ。
(――って、伝説の十二の武器ってなに!?)
ふと机には仕掛けがないか探してみるが、引き出しも何の変哲もない。
飴色の机はシンプルな作りだが、私もこう言うデザインは好きだ。そして引き出しと言えば、隠し引き出しがないか探してしまう。
そう言うのが好きだから──と言うわけではなく、自分以外には知られないようにするためだ。私も両親に通帳や印鑑などを没収されないように、隠し引き出しや銀行の貸金庫などいろいろ調べたから分かる。
(エリオットに関する資料や情報は、できるだけ外に出したくなかったはずだ)
そして私に予想は当たる。ガチンと歯車が噛み合った音と共に、引き出しの奥からもう一つの引き出しが顔を出す。
この手の引き出しは、魔法的とアナログ的な仕掛けを駆使したのだろう。
奥の引き出しからは、使い古された分厚い手帳が見つかる。それを見つけた時、エリオットは泣き崩れ、グレイは手帳をギュッと抱きしめて離さなかった。
彼らにとって
『あの子たちを匿うと決めたその時から神々の怒りを買い、私は呪いをかけられた。宿業を変えた責を負い、死者蘇生は叶わず、加護を失う。魔力も直に私に内側から消える。来世の私は酷い環境を敷くことを申し訳なく思う。……ただの気紛れではない。あんなに可愛いく、人嫌いな私の心を動かした子たちを見れば納得するはずだ!』
手帳の情報によって、死者蘇生の阻止ができたのは有り難かった。
エリオットとグレイはますます落ち込んでいたけれど。まあ、大切な人の生まれ変わりを今まで生贄にしていたのだから、大いに凹むといい。
うん、間違いなく私の前世だ。
そしてこの頃から人間嫌いで、可愛いもの大好きだったのか。なんかいろいろ納得した。
毒親からの虐待。
兄と比べられる毎日。
劣悪な環境。
出口の見えない地獄。
居場所のない学校。
幼馴染みに騙されて、裏切られて、それでも諦めきれなかった自由な生き方。
(まあ、確かにいい環境で育ってはなかったな……。なるほど運命を歪めて、神々の加護とやらが失うと、ああなるのか)
自分の人生が穏やかで温かいではない、酷い場所だった。
それもこれも運命を捻じ曲げた代償と言うのだから、笑えない。もしエリオットが人型のままだったら、きっと私は彼らを恨んだし、憎んだと思う。
(お前たちのせいで、私の人生は酷かった――と、人の姿だったら口にしていたかもしれない。でも)
今、私の眼前にいるのは、ネザーランドドワーフ似のウサギに似た《元厄災の獣》だ。
愛くるしいフォルムに、つぶらな瞳、感情に合わせて揺れる耳、三角の小さなお口。二足歩行で可愛い。手触りも、匂いも最高。
こんな子たちに怒りをぶつけられる訳がない。
だから憎まずに済んでよかったのだと、思うことにした。
ギュッと体温の高いエリオットを抱きしめると、ちょっとだけ泣き止んだ。背中には寄りかかる形で、グレイが引っ付いている。
(君らは、この定位置が好きだな)
捜索も終えた頃、私は宝物庫から適当な物を見繕って、薄紅色のエリオットの頭に小さなクラウンを乗せて上げた。
「アイリ?」
「うん、可愛い。これで今日からエリオットはこの魔道図書館の館長になるのだから、その証が必要でしょう」
「王冠……僕が?」
目をキラキラさせるエリオットが可愛いので、また撫でて上げた。
「そう。もちろん他の子たちもそれぞれキャラ性を考えたお宝を贈与していくわ」
「いいのか? それ一つでもかなり高価な物だぞ」
「これだけたくさんあるから平気よ。あとこの手帳はグレイが管理しておいて。この栞も一緒に」
古ぼけた手帳を渡されて、灰色のウサギさん姿のグレイはやっぱり固まっていた。口元が小さな三角になっていて、可愛い。
頬にキスをしたら真っ赤になって、地団駄を後ろ足で踏んでいるが、残念ながら可愛いだけである。
「もちろん、
「うにゅ!」
それぞれ特性に合わせて、宝物庫から見繕って渡した。
フライパンから眼鏡、傘に、肩掛けバッグ、シルクハット、トンカチ、魔法ペン、枕、ステッキ、マフラー、眼帯エトセトラ本当にいっぱい選んで渡して行った。
正直、グレイとエリオットのオリジナル以外は、パッと見て全くのそっくりさんなのだ。
決して区別をつけるためだとか、可愛いシリーズが見たいとか個人的な欲望だけではない。
断じて違う。
しばらくはみんな大切に抱えているのが可愛くて、堪らなかったのは秘密である。
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