第7話 やってみたかったこと

 途端にお腹がすいた。

 よく考えれば、昨日の夜は安心して眠ってしまったのだ。


「食材はない。ついでに調理場や風呂場、寝室なども新たに作らないとないな」

「なん……だと……」


 この世界に来て、かなりショックだった。いや本当に。

 なんなら、自分が大魔導士の生まれ変わりと言われた時より衝撃を受けている。


「……何だかそう考えたら、一気にお腹減ったかも。食材も何もないの?」

「んー、俺はエリオットのように何も作り出せないからな」

「じゃあエリオット、お願い」

「うん!」

「清々しいほど自分の欲望に正直だな」


 呆れているグレイだったが、そう言う割には私の背中から離れない。

 そのことを指摘すると彼は黙るので、背中に張り付いているのを引き剥がし片手で抱きしめてわしゃわしゃと撫でて上げた。こうするとグレイは大人しくなる。


(甘えるのが下手だなぁ)

「アイリ、調理場を五番目の僕が作ったって!」

五番目ゴロウちゃんが!?」


 五番目の紋様を持つモフモフウサギは、ぴょんぴょんと跳ねているではないか。実に愛らしい。めいいっぱい撫でて差し上げましたとも。他の子たちも撫で撫でしながら、調理場へ。

 エリオット以外の一番目から十一番目は「きゅっ」とか「うにゅ」とか言うぐらいでお喋りはできないみたいだ。ただ身振り手振りである程度意思疎通は可能っぽい。


「この世界の有名な王宮料理場を模倣した、って言っている」


 ぴょんぴょんと跳ねながら説明する仕草一つ一つが可愛くて、たまらない。


五番目ゴロウちゃんは、そんなこともできるのね」

「食材は《シュレディンガー黒猫商会》を呼んで、二番目と九番目が交渉して物々交換したって」

「にゃんこ!?」


 私の嬉しさとは正反対にエリオットを含めたウサギさんたちは、ふるふると首を横に振った。


「黒猫は気まぐれで、ぼったくるから、アイリは

「一生!?」

「うん。危ないから」

「黒猫は危険だな」

「絶対に会ったらダメ」


 一同、「うんうん」と頷いているではないか。

 そんなに厄介な相手なのだろうか。でも二足歩行している猫がいたら、可愛すぎるではないか。それでなくとも長靴を履いた猫の童話が好きなのだ。キュン死しそうな予感しか無い。


(ちょっとぐらい……)

「……アイリは、僕より猫がいいの?」


 泣きそうな顔をするエリオットに上目遣いされたら、頷かない訳にはいかないだろう。耳もへにゃりと垂れて、反則過ぎる。


「そんなことない。ネコさんは気まぐれさんだから、甘えん坊のエリオットたちのほうが私には合っていると思う」

「本当?」

「本当!」


 ギュッと抱きしめたらエリオットの耳が嬉しそうに揺れた。

 可愛いので、頬ずりしたら、刺激が少し強かったのか、フニャリと力が抜けてしまった。それも愛おしくてたまらない。


「おい、さっさと師匠の部屋に入るためにも、朝食を作るんだろう?」

「わかって──ブフッ!」


 グレイは白のコックコートを着こなして、頭には三角巾を結んでやる気満々ではないか。目が吊り上がっているのに、とてつもなく可愛い。


 エリオットは《厄災の獣》なのでウサギに似ているが異なる生態らしい。よく考えたら人の姿にも慣れるのだ、食事も問題ない――という結論に至り、パンケーキを焼くことにした。


 なぜ、その料理を選んだかと言ったら、二足歩行するウサギさんと一緒に食べるパンケーキが絵面的に可愛いと思ったからだ。あと私が食べたいと言うのが大きな理由である。

 サクサックと作る。三番目みっちゃん十一番目イレブン、エリオットは料理のセンスがあるのか手際がいい。そしてものすごく可愛い。


 ちなみにあれだけ張り切っていたグレイは料理が苦手なようで、ホットケーキを消し炭に何度かしていた。

「ぐすん」と哀愁漂う背中を優しく撫でて上げた。意外とぶきっちょさんなのが、何だか可愛い。


「(いじらしいな)グレイ、ほら一緒に食べよう」

「じぶんでつくったのをたべる」

「意地を張らない。グレイには二段ホットケーキホイップマシマシを食べて貰うから」

「じゅもん」


 ふわふわホットケーキには、蜂蜜と甘さ控えめの生クリームかカリカリのベーコンのトッピングが選べるように盛り付ける。ほうれん草と卵のかきたまスープ、サラダはシャキシャキレタスとプチトマトとりんごだ。


 隣の部屋を拡張して大きな円卓のテーブルに椅子が設置されていて、なおかつフルコース用にナイフとフォーク、スプーンが並べられているではないか。


(どうせ使わずに食べる──って思っていたけれど、全員テーブルマナーがしっかりしているし、食べ方がなんか上品!)

「アイリ。これ、美味しい!」

「ね、美味しいでしょう。小さい頃、家族と一緒に作りたいって、ずっと思っていたのよ」

「家族!」


 耳をパタパタさせながらエリオットは嬉しそうだ。

 ちょっとだけもじもじしているエリオットは、何度か口にしようとして思いとどまることを繰り返していた。


「どうしたの?」

「えっと、家族なら僕もやってみたかったことある!」

「へー、なに?」

「あーん、っての!」

「(あー、要求まで可愛い!)いくらでも。お安いご用よ。ほら」

「ん♪」


 幸せを噛みしめるようにエリオットはモグモグしているではないか。頬を膨らませているのも可愛い。それを見て他の子たちも真似っこを強請ってくる。


(何この状況、天国過ぎる!)


 一瞬にして、ひな鳥に餌を与える母鳥になった気分だ。こんなに可愛いのだから、食事の時間は幸福でいっぱいだった。


 お腹を満たしたことで、半分ぐらいにウサギさんたちは眠そうだ。わかる。

 食べた後って眠くなるから。きっとエリオットにとって食事を摂ることで、生物としての機能が浮上した──のだろう。たぶん。


(ふふふ、お昼寝の素晴らしさを味わうが良い)


 優しく撫でて、安心させる。みな目を細めてコテンと眠ってしまった。

 写真に収めたい愛くるしさだ。

 うとうとする子たちを寝かしつけた後、半分ほどのウサギさんと一緒にお師匠様の部屋へ向かった。



 ***



 扉は三つ。

 どれも華美な装飾がされた特別感あふれる扉だった。私は直感的に真ん中の部屋を勢いよく開けて、一歩踏み出した直後。

 綿


「え」


 重力に逆らえず、私の体はガクンと落ちる。


「アイリ!」

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