第6話 私は否定する

 モフモフに包まれて眠る夢を見た。右を見ても左を見てネザーランドドワーフのモフモフがひっついて、あるいは抱き枕をして眠る。最高だ。

 エリオットたちからは良い匂いがする。


(ん……最高の目覚――っ!?)


 瞼を開けた瞬間、エリオットが私をぎゅうぎゅうに抱きしめて寝ているではないか。それも人の姿で!


(あーーーーーー、地獄だ……)


 とても綺麗な人だ。

 眠っているのでジッと見るがパーツそれぞれが整っていて、男の人にこんなこと言うのは失礼かもしれないけれど、美しいと思う。

 人の姿を見たくなくて顔を背けると、隣には黒髪の目鼻立ちの整った男が――。


(お前も人型なのか! なぜ、モフモフではない!)


 途端に渋面になる。

 なぜ二人揃ってモフモフではないのか。いや、本当になんでだ。嫌がらせか。


 人間は嫌い。特にイケメンは――胸の中に残る記憶が蘇ってくる。

 中学生の時、カッコいい幼馴染みの男子にアプローチされた。当時は家庭環境が複雑で外に居場所を求めていて、相談したのだ。

 彼は力になると言ってくれたのに――。


 窓の外はむせかえるようなオレンジ色の空。

 影が長くなる教室の入り口まで聞こえてしまった。


(男子の声。あ、秋無あきなしも居るのか)

『なあ秋無。もう一人の春夏冬を落とすって言っていたけれど、アレまだ続いていたのか?』

『ん? あー。それな。春夏冬の家が複雑でさあ、コロッと騙されるかと思ったんだけどガードが堅くて』


 いつもの談笑。

 ただそれは私を馬鹿にしたもので、沢山悩んでいたことをネタ扱い。

 一瞬で彼への気持ちはスッと消えた。


『なんだよ、お前が頑張るって言うから期待していたのに』

『だよな。このクラスで一位をとるためにも、春夏冬が成績を落とせば最高だったのなぁ』

『お前あんなにアプローチしたっていうのに、春夏冬って、テスト勉強とかいつしてんだ?』


 彼らは単なるゲームをしていたのだ。罰ゲームのようなものが流行っていたからの、受験前の遊び感覚だったのだろう。


 腹が立った私は、その男子グループを社会的に潰した。秋無がコンビニのバイト中、友人たちとおふざけした動画をSNSに投稿したら、あっというまに拡散されて秋無を含む男子三人は身バレした。

 芋づる式で素行の悪さが露呈して、三年に上がる前に学校を辞めていったけ。


(人間は嫌い)


 平気で嘘をつく。騙す。裏切る。

 両親は外面だけはよかったから、簡単に騙されて私の言葉を聞いてくれなかった。

 誰も、私の言葉よりも両親のことを信じた。

 誰も助けてくれなかたったし、私には誰も居なかった。


(……人の姿が怖い、あるいは信じられないのは、私の前世に関係しているのかも? ……まあ、前世の私がどんな偉業をなしたのか、後で部屋を探してみようかな)


 そんな感じで現実逃避していたが、全くもって起きないエリオットに声をかけた。


「エリオット! 起きて──と言うか離して!!」

「……離したら、アイリはいなくならない?」

「ならないから。……それと寝ていると人の姿になりやすいの?」

「うーん(そんなことないけれど、僕はアイリをギュッとして寝たい)」

「もし人型になりたいのなら暫くは別の部屋で――」

「元の姿に戻るよ!」


 あまりにも私の顔が真顔だったからか、慌ててラブリーな姿になってくれた。やっぱりネザーランドドワーフ似のウサギは可愛い。

 目を潤ませて私の腕の中に飛びこむ姿は愛くるしい。


「……えっと、アイリ」

「ん? なに?」


 寝起きのエリオットは、幼子のように目を擦りながら答える。ウサギの姿なのでとっても素晴らしいです。はい。

 少なくとも私の需要はこっちだと再認識する。


「……人間は同じ姿のほうが安心するんじゃないの?」

「うーん、私の人生は人と接して、騙されて、弄ばれて、押し付けられて、裏切られたことが圧倒的に多いから、人の姿に良い思い入れがない。人間不信なの」

「人間不信……。それはやっぱり悲しい……よね?」


 涙目で震える姿は、可愛くてしょうが無い。

 これが人の姿だったら、私が虐めているような構図になるから、やめていただきたいと思っただろう。モフモフで、ネザーランドドワーフ似のウサギさんの姿で本当によかった。

 あと超絶可愛すぎる。


「悲しいのもあるけど、どちらかと言うと腹が立つわね。程度によるけど、全力で報復する。二倍いいえ、三倍返しするわ!」

「あわわわっ……。僕はアイリに酷いことは絶対にしない。絶対に」


 ネザーランドドワーフの愛らしいウサギさんが涙目になっているのだから、ギュッと抱きしめる。私をキュン死させるつもりか。


「……僕ってことは、グレイは何かしようってこと?」

「あう、えっと……」

「――そんなつもりはねぇよ。変に勘ぐるな」


 寝ていたと思っていたグレイがエリオットの声に被せてきた。肩越しに振り返ると人の姿から黒に近い灰色のウサギに変わっている。あざとくも、その姿で私の言及を逃れるつもりなのだろうか。甘すぎる。


「ふーん。まさかだけれど、お師匠様に会いたいからって、私の体を使って死者蘇生しようとか考えていないわよね」

「んな訳ないだろう」


 素っ気ない声で答えた。

 どこからともなく煙管を取り出して、一服しようとしたところまでは平静を保っていたが――。


「煙管の持ち方、逆じゃない?」

「う、煩い!」

(そのフォルムで煙管は可愛すぎない!? ……ってか、嘘下手すぎ)


 火皿を口に含みそうだったので指摘したら、アワアワしだした。

 主人格の基本ポヤポヤ具合からみれば、グレイはしっかり者に見えるが、やっぱり同一人物なようで根本の部分は似ているんだな、とホッコリした。


「――と言うか話を聞く分に、そのお師匠様って相当いろんなことを見越しているっぽいから、死者蘇生そのものが嫌だったら先に手を打っているんじゃない?」

「「………………」」


 その考えに辿り着いていなかったのか、グレイは煙管を床に落として固まっていた。むしろ何故その可能性を真っ先に考えなかったのか不思議でしょうがない。


 エリオットはカタカタと震えているではないか。「よしよし」とたくさん撫でて落ち着かせる。

 なぜ私よりも長生きしているのに、考えが幼すぎる。


「お師匠様の部屋に、日記とかなかったわけ?」

「にっき……」

「死後とのことも考えて、何か残しているとか確認しなかったの?」


 しばらく固まっていたグレイは俯いたまま、私の背中に体を預けて座り直した。


「……してない」

「なら朝ご飯を食べて、お師匠様の部屋を物色――いえ、探してみましょう」

「朝ご飯、か。……そう言えば師匠も、食事は抜くなってよく言っていたな」

「ん?」


 グレイの言い回しに違和感を覚えたので、詳しく話を聞くとエリオットもグレイも食事を摂ることが殆どないという。


「う、嘘でしょう」

「僕たち《厄災の獣》はそもそも食事も、睡眠も、入浴も必要としない。存在しているだけで魔力を溜めて、蓄積ができなくなったら周囲を巻き込んで爆発する。それだけの存在だか」

「そんなことない。そんなんだったら、このお昼寝が好きな八番目ハッチャンが可愛くない訳がないでしょう!」


 私は殆どのモフモフたちが起きている中、私の枕元で惰眠を貪ってい八番目ハッチャンを撫でながら、力説する。


「は、はっちゃん」

「ネーミングセンス」

「シャラープ。エリオットは確かに《厄災の獣》として最初は生み出されたかもしれないけれど、お師匠様が変えようと魔導図書館ここを残してくれたんでしょう? 始まりは厄災と言う宿業があったとしても、

「……アイリ」

「お前は、本当にそう言う所は師匠と同じことをいう。ネーミングセンスは皆無だけれど」

「うっさい」

「人間らしい、生物らしい、食事も、睡眠も、入浴も不要に作られている――? まさか。きっとエリオットは美味しい食事も、お日様の下でのお昼寝も、癒やしの入浴も知らないだけよ。良いこと、私がそれを教えてあげるわ!」


 このネザーランドドワーフ似の愛くるしいモフモフを甘やかして、楽しいことを教えて上げよう。モフモフと一緒に暮らすという私の夢を叶えてくれた代わりに。


(そして私のパラダイスにしてみせる!)

「師匠は俺たちに人間、生物らしい生活を教えてくれた……でも、俺もエリオットも、師匠を思い出すからとやめた」

「まあ、そう思う気持ちは分からなくもない……かな。失ったものは取り戻せないけれど、思い出は本人たちが覚えている限り生きているし、同じことを繰り返すことを、思い出を色褪せさせないことはできるんじゃない?」

「…………かもな」


 グレイは少し開けてから肯定した。

 エリオットは腕の中で「アイリは物知りなんだね。お師匠様みたいですごい」と、目を輝かせている。

 可愛いではないか。


「ん? …………って、ことはこの場所に食材とかは?」

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