エピローグ

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 帝国は勝利した。

 この最終決戦を境に、以後歴史は帝国が世界を統治し、平和な世の中を保つために終始努力していたと伝えている。

 帝国側の戦死者は十二個師団からは三万五千、金鷲隊からは三千、その他の属国の兵士の被害を加えると七万近くになった。シェファンダ側は壊滅、一人として兵士は残らなかったという。

 この戦いで帝国の人々はなにものにも代えがたいものを失った。

 皇帝はリエネの地で二メートルにも及ぶ槍を全身に貫きながらも敵の総大将の首を斬ったのだという。アナスタシア将軍は戦死。同時刻報告を受けた皇后マリオンは毒杯を呷って皇帝に殉じた。その三十分ほどのち、セレンティの別荘で管理人ゾラ・ソーシリティリティも同じく毒杯を呷って殉死。宮廷内では重臣・ティルレ・シェフェ、ティナン・ティオトゼ、アバシャ・クワイト、リニェ・ティリックが殉死。第二宮廷魔術師サーナント・ファミン、第四宮廷魔術師ラナン・タティン、第五宮廷魔術師レルメ・カティス、第七宮廷魔術師シーラ・トライエントが殉死。将軍では、第三個師団氷竜隊将軍アナスタシア・ファライエの他、第六個師団緑咲隊将軍フリックセン・ディーヴェンド、第七個師団光香隊将軍シド・ヒエンラ、第八個師団闇輝隊将軍ティムラム・ハムラム、第九個師団藍蓮隊将軍ラシェル・ティーニリオン、第十一個師団燭冽隊将軍クレイ・バーモント、第十二個師団雪光隊将軍ヴィウェン・シェイが戦死。

 第一個師団霞暁隊将軍ヌスパド・センシィオス、第二個師団璃紫隊将軍セショア・ドリニクル、第四個師団玉紗隊将軍カイルザート・クレイエ、第五個師団瑠青隊将軍レーヴァス・ダンドル、そして第十個師団芙蓉隊将軍ガーミリオン・シエティッテは、からくもこの戦を生きのこった。殉死を考える将軍もいたが、ヌスパドの、我々がいなくなっては誰が皇太子殿下を支えるのだという言葉に、思いとどまり無念ながらも光栄と、残った一生を生き残る。ガーミリオン将軍は残った将軍の面々を見てこれなら自分がいなくても大丈夫と一度は殉死を考えたが、自分亡きあとの妻のことを考え、妻を愛するあまり殉死を諦め、新しい皇帝に仕えた。

 皇太子ゼランディアは周囲の反対を押し切って喪が開けぬ内に即位した。そして終生、父の目指した平和な世界統一に全力を注いだという。若すぎる皇帝の後ろに、かつて皇帝ヴィルヘルムにそうであったように、多くの臣下が控え彼を守っていたことを、忘れてはならない。



「結局……独身組はアナスタシア殿とラシェル殿以外は残ってしまいましたね」

 カイルザートは夕暮れを見ながらバルコニーに寄りかかった。

「そうですね……」

 セショアも風に吹かれながら、呟き返す。レーヴァは無言。

「これから帝国は……どうなるんでしょうねえ」

「カイルザート殿らしくもないことを」

「---------え?」

「前を向いて生きようではありませんか。いつかはやってくる死が、たまたま我々に来なかっただけのこと。新しい皇帝のお手伝いをするのも、いいかもしれませんよ」

 カイルザートはふふと笑って寄り掛かるのをやめた。

「やれやれ……哲学書に載っているようなことを、この私が説かれるとはね」

 そして三人は笑った。

 風が吹き、夕暮れが三人の影をきれいに照らしだしている。



 皇帝ヴィルヘルムの死後、彼の事業に大きく貢献したもの、彼に殉じた者たちにそれぞれ称号が送られた。

 戦死した将軍たちについては、「大」のさらに上の称号、称号としては最高の「太」が与えられ、戦死した七人の将軍たちには「太将軍」の称号が送られた。また生き延びた五人の将軍たちにも、やはりその死後、同じ称号が送られる。

 皇帝だけを愛しその公私と共に彼の大きな支えになった皇后マリオンには「太后」の称号が、同じく毎年夏だけに訪れる皇帝の避暑先の管理人として彼の心を大いに安らぎを与

えるに貢献したゾラには「太女」の称号を、殉死した宮廷魔術師には皇帝の道を能く照らしたということから称号「照」が送られ、「照魔術師」と、重臣たちは皇帝を助け彼と共

に環を限りなく広げたということで称号「環」が送られ、「環臣」とそれぞれ呼ばれることになった。また殉死を考えつも、皇太子のことを思って殉死かなわなかった残りの宮廷魔術師たちと、同じ思いでこの世にとどまった重臣たちにも、将軍たちと同じく死後同じ称号が送られた。

 帝国は、この皇帝と密接な関係を作っていた五つの称号の人間たちと皇帝を一線上でつなぐものとして、皇帝、太后、太将軍、太女、照魔術師、環臣の六つを、五角形の「星」

すら「凌ぐ」という意味で「星凌」と呼んだ。六角形で現わされる宇宙の完全体である。 新皇帝ゼランディアはまた、帝国の十二の城門にそれぞれ、十二将軍の彫像を置いて帝国の守護神のごとく扱った。それらの彫像は永遠に残され、人々に愛され大切にされている。

 時は経ち、世は平和、人々は比較的豊かな生活を送った。

「ファーエ! このいたずらっ子があっ!」

「ふーんだもう大人だもんねっ」

「こ……の待てっ!」

 リィナはくすくす笑いながらそんな二人が野を駆けるのを見ていた。隣では相変わらず無口なゼファが用心棒の必要もなくなって寂しいのか、テュラとファーエをぼうっと見ている。

「ふふ……変わらないわねあの二人」

「そうね……ああ、アシオスが戻ってきたわ。ゼティオンも」

「ゼティオンは今年でいくつ?」

「もう六つになるわ。……彼女に救われた生命よ。この私もね」

 ああそして……アシオスの後ろから、彼も戻ってきた。アル。終生結婚はしないと、静かに言った彼。彼女が死んだと聞いて、しばらく茫然と空の彼方を見ていた彼。

 山を降り、仲間たちで共に平原に暮らし、かつてのあの日々が嘘のような平和で、豊かとはいいきれないけれども、でも物に一切困らない暮らし。

 アルは一面に広がる平原を見つめた。

 風に揺れ、さざめく緑の平原。

 この平原に平和をもたらすため、彼方までも駆けんばかりの男が、かつていた。

 壮大な夢、平和を愛し人々を愛し、自らこの平原を駆けようとした男。そしてその彼と共に、多くの人間が共に夢をかなえるため平原を走った。

 駆けて駆けて、さらに駆けて、貪欲なまでに飽きることなく。

 この美しい広い平原の彼方までも、駆って駆って駆り続けた、一人の男を。


 歴史は忘れない。



      夢はいつも無限大  どこまでも走り続ける


 やがて滅びるものが滅びても 夢だけはそこに生き どこまでも駆けぬける


  この平原の  彼方までも……


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平原の彼方へ 青雨 @Blue_Rain

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