第五章 天《あま》を翔ける 23

 アナスタシアは二人の戦いを見ながらも自分の事で精一杯だった。

 騎士が仮面を脱ぎ捨てた。あれは、まさしくヌスパドが言っていた奇妙な仮面の騎士。 そしてその下から現われたは、まだあどけなさが残る少年の顔。金の髪、青い瞳。

(? ……)

 あの少年……どこかで?

 そしてアナスタシアは遠くで魔導隊の起こした爆発を聞くと、横目でそれが敵軍のほとんどを焼きつくしたことを確認した。しかしそれだけではなかった。アナスタシアが戦っている兵士はまだまだ残っていたが、その肩の向こうから、炎に焼きつくされた兵が最後の力を振り絞って弓を皇帝に向かって射るのが見えた。奇しくも皇帝は、あの少年との戦いに夢中で、いつもなら気がつくそんなことにも注意がまわらない。声が嗄れて叫ぶ事ができなかった。自分だけが気づいていた。

 アナタスタシアは自分に襲いかかる兵士の群れを薙ぎ払った。逃れられるものではなかったが、それでも力尽くで振りはらい、彼女は皇帝の方に駆けた。

「---------陛下!」

 ヒュン!

 皇帝はアナスタシアの声よりも、その風を切る音に気をとられた。矢は外れた。

(---------しめた!)

 しかしそれを見逃すシャルクではなかった。彼は後ろに飛びのき、あちこち傷を負った身体をいっぱいに使って、槍を振り上げた。

 シャッ!

 アナスタシアの顔色が変わった。あの槍は!

「陛下!」

 アナスタシアは皇帝の前に立ちはだかった。そして次の瞬間、めいっぱい伸びた槍は、彼女の身体を貫き、皇帝の胸まで達した。

「……アナスタシア……!」

 アナスタシアはすでにこときれていた。即死であった。槍は一直線に彼女と、自分を貫いている。しかし急所が外れたのか、皇帝にはまだいくばくかの意識があった。目の前にはシャルクと名乗った少年が。彼を倒さねば、平和は訪れない。総大将の生存、それはすなわちシェファンダの勝利になってしまうのだ。ヴィルヘルムは歯を食いしばった。最早深々と刺さったこの槍を抜くことはできない。彼は右手に剣、左手にはアナスタシアを抱えながら、槍を掴んだ。

 ---------そして彼はそのまま槍を引いた。

「……う……っ」

 凄まじい痛み、しかし彼は休まず槍を引いた、アナスタシアを抱えながら、徐々に槍を引いた。痛みはそのたび頂点に達した。

 口から血が流れ、立っていられないほどのめまい、それでも彼は槍を掴み、引くことをやめなかった。少年は目の前の凄まじい光景に、逃げることも忘れ、槍を伝わって徐々にこちらへ近寄る皇帝を恐怖と驚愕の眼差しで見つめていた。そして槍が半分以上も皇帝とその腕のなかのアナスタシアを貫いたとき、皇帝は少年の目の前にいた。

 彼は剣を振り上げた。

「……これが最後だ」

 ザシュッ……。


 血のような真っ赤な空に、血飛沫が舞った。


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