第五章 天《あま》を翔ける 22
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「ティネッタ! そのまま前進しろ。ホーランドは囲め!」
「閣下、左右は壊滅しました」
「よし」
アナスタシアはうなづくとそのまま東方向の敵を駆逐した。全滅だった。戦いを開始して八か月、シェファンダの兵も残り少なくなりつつある。そのまま本陣に戻ると、他の将軍と皇帝は既に帰還していて、彼女のことを待っていた。アナスタシアが席につくと軍議が始まった。
「これより最終決戦に入る」
皇帝は相変わらず静かにいった。
「霞暁隊ヌスパドはラレッタへ。璃紫隊セショアは東のレルレアへ。いちばん被害の少ない隊は残れ。シドはニランゼへ行ってくれ」
それ以外の司令は今はなかった。三人の将軍は隊を率いてそれぞれ戦いに出ていった。 二週間後、カイルザートとラシェルがそれぞれ戦いに出た。その時皇帝とアナスタシアとヴィウェンは共に戦っていた。その夜レーヴァスが北へ行き、ガーミリオンは南へ。それぞれの任地では最期の戦いが待っていた。被害の少ない氷竜隊は本陣で金鷲隊と共に戦い続けた。その日、どうやらニネンにシェファンダが現われたと報告を受け、フリックセンが出陣した。他の将軍たちも懸命に戦っているらしく、まだ誰の戦死報告も聞いていない。三日後セフィンでセフィン王国が苦戦していると聞くと、皇帝がなにも言わない内にヴィウェンが、陛下、お任せくださいと言って出陣した。本陣には皇帝とアナスタシアのみが残った。
そしてある日---------……シェファンダの総大将が本陣に乗り込んで来たとの報告を受けると、皇帝とアナスタシアは顔を見合わせ、静かにうなづきあった。
「これが本当に最後だ」
皇帝は言った。アナスタシアはただ黙って彼の鎧の留め金を留めた。
戦場はこれまでになく厳しいものだった。同時刻シド将軍戦死の訃報が入ったが、皇帝とアナスタシアは出陣していたためそれを知ることはできなかった。アナスタシアは叫び続けた。目の前で今敵を斬った剣、この腕は自分のものかと思うほど腕の感覚はなくなっていた。足は痺れ、声が出ているかもよくわからないほどに嗄れていた。めまいがし、硝煙と血の匂いで鼻の嗅覚がなくなっている。口のなかがひどく渇いて、ふらふらした。何時間、どれだけ戦ったことだろうか……アナスタシアの目の前には、夕日が広がっていた。そして累々たる敵の兵士の死体。海のように、平原のように、ただ転がる死体。残るシェファンダの兵士と戦っていたアナスタシアは、最早かの国が戦を続けられる状態ではないことを悟っていた。それでも彼女は怒鳴り続けた。目の前の死体の野原からではなく後方から来る敵を、次々に血祭りに上げていた。そんなアナスタシアであったから、戦いの最中、背後の西の空、血のように真っ赤な西の方角、なにもないただ死体ばかりがある西から、蹄の音がするのに、気づいていた。彼女は振り返った。
そこには一人の騎士がいた。
装甲した馬に乗り、自らも銀の鎧を纏っている。夕日を背にしているので顔はわからない。が、その視線は真っすぐにすぐ向こうで戦っている皇帝に注がれているのだけはわかった。
(陛下)
アナスタシアは兵士と戦いながらそちらが気になって仕方がなかった。そして彼女はそこから離れることができなかった。
一方皇帝は、背にしていた西の方角から、蹄の音を聞き取って、静かにそちらを振り向いた。
騎士は右手におかしな槍を持っていた。銀の鎧、道化の仮面。
「---------」
「皇帝ヴィルヘルム?」
仮面の向こうで彼は聞いた。驚いたことに、声からして少年のようだった。
「そうだ」
仮面の向こうで嘲笑の気配。騎士は槍を持ちなおすと言った。
「シェファンダ総大将。わが名はシャルク」
「
皇帝は剣を持ちなおした。
「---------参る!」
シャルクは槍を皇帝の方に向け叫んだ。馬が突進していく。一度目は簡単に跳ね返された。伸縮自在の槍も、皇帝には効かなかった。何度も何度も馬上から攻撃したにも関わらず跳ね返された。少年は焦った。今まで築いてきた自信という自信が、崩れ落ちていく音をどこかで聞いた。
そんな。自分はいつも帝国を憎んできた、母がそう言ったから。
荒廃していったアデン、母を奪った盗賊、母の恋人を殺した盗賊、母を殺した盗賊。帝国は何もしてくれなかった。せっかく平和な村に流れ、農家の夫婦の養子になった途端奴らはやってきた。リューヴに逃れても一緒だった。貧しい、いつも怯える生活。師に拾われたのに辛い生活、凌辱の毎日。やがて師の死、後継者となった自分、からみつく嫉妬の視線、そして殺戮。兄弟子たちを殺したあと流れ流れついて、シェファンダに。
憎い帝国、自分をいつも助けてくれなかった帝国、帝国が憎かった。帝国を恨んだ。帝国を滅ぼすことが一生の悲願だった。どうしていつも助けてくれなかった。弱いものの味方のはずの帝国が。殺してやる、きれいごとばかりの帝国。滅ぼしてやる、憎い帝国。そして今その帝国の象徴のヴィルヘルムがいるというのに、一太刀すらも入れることができない。突き出した槍をそのままシャリ、と反されて、シャルクは落馬した。槍を杖になんとか立ち上がり、顔を上げると皇帝は冷然と自分を見つめ剣を構えて待っていた。
「---------」
僕は負けない。なんとしてでも帝国を倒す。それだけのためにどんな辛い思いにも耐えてきた。
シャッ!
それでもかなわない……どうすれば?
彼は銀の道化の仮面をはぎとった。
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