第五章 天《あま》を翔ける 21
一方その頃、遠く離れた場所で戦っていた将軍ティムラムは、その時剣を交えていた兵士の後ろから自分を狙ってもう一人突進してくるのを見逃さなかった。
「!」
彼は両手に一本ずつ持った剣で二人共を刺した。が、それこそが敵の命懸けの罠であった。後ろから三人がかりで兵士が襲ってきたのはそのときだった。
「将軍ティムラムだ! 首をとれ!」
ざくり。
彼の胸に剣が深々と刺さった。
リード
「やったぞ! ……うっ!?」
しかし相手はティムラムであった。彼は前にいた二人から剣を抜くと、振り返って三人の胸と頸に次々に剣を振るっていった。そのあと彼は、歩兵用の短い剣を胸に刺したまま三十人と戦い続けそのまま果てた。壮絶な死であった。
やっとお前のところに行けるよ
「申し上げます! 南東方向の戦場で闇輝隊将軍ティムラム殿! 戦死致しました!」
「何!」
「ティム殿が……!」
将軍たちは色めきたった。アナスタシアは折しも、ジデイドとの戦いを終えて負傷した傷を治療しているところだった。皇帝はしかし、静かなものだった。
「闇輝隊の残り数は」
「三千です」
「帰っているのだな」
「は!」
「では本陣へ---------……金鷲隊と共に戦わせろ」
伝令兵が去ったあと皇帝は将軍たちを見回した。
「ティムラムが戦死……」
静かに呟き、それから彼は、
「……弔い合戦だと思ってやれ」
と言い残して出ていった。無論戦うためにだ。金鷲隊は帰還した闇輝隊の残りの兵士たちを受け入れ準備体制に入っている。
戦いは日に日に激しくなっていった。今までの領地争いのレベルではなかった。一方の勝利一方の滅亡を決める、正に雌雄を決する戦いであったのだ。
四か月目でティムラム将軍の戦死、一か月経って、続いてクレイ将軍の戦死が報告された。彼らは戦った。戦い続けた。自分の信じるもののために、ただ今までの己れを、その存在を、してきたことについてを証明せんがごとく。
半年が経って妙な噂が流れてきた。おかしな槍を使い、奇妙な仮面の少年兵が、次々に帝国側属国兵士たちを血祭りにあげているのだという。
それはかつてヌスパドが出会った少年に違いなかった。帝国側は何も皇帝の本陣を中心とする十二方向だけで戦っているのではない。各地の属国の王国が、それぞれの地域でシェファンダと戦っているのだ。そのため被害数は正確にはわからなかった。
ある夜皇帝はアナスタシアを召喚した。
「……」
彼女が来ると皇帝は黙ってアナスタシアを見つめた。瞳は、来い、そう言っていた。アナスタシアは嫌な予感がして眉をひそめ、それでも彼のもとへ行った。
彼の腕は強かった。暖かかった。アナスタシアはひとしきり、その腕のなかで今までのどれよりも彼に愛された。そして終わると、彼女は起き上がって皇帝を見た。今までそんなことなどしたこともないアナスタシアであった。今までは部下として無礼のないようそのまま去っていたアナスタシアであったが……今、今初めて彼女は皇帝を見下ろしている。
(……)
「陛下」
アナスタシアは静かに呼び掛けた。今まで、自分の考え事の途中に自分のなかに侵入してくることなどなかったアナスタシアであったから、皇帝は少し驚いて彼女を見た。
「私は……あなたをお慕いしています」
「---------」
皇帝は起き上がった。
「アナスタシア」
彼女は顔を背けた。普通ではこんなことできなかった。そう、私は今だけ狂ったのだ。
「……あなたを愛しています」
それだけ言うとアナスタシアはベッドから出ていこうとした。が、その腕を掴み、無理矢理自分の方を向かせ、皇帝はアナスタシアの藍色の瞳を見つめた。
「---------」
そして何も言わずに唇を奪うと、もう一度彼女を抱いた。が、それは彼女の言葉に対するこたえには、ならなかった。
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