第五章 天《あま》を翔ける 20

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「ここが本陣です」

 遠くに砲弾が着弾する音を聞きながら、筆頭軍師のアナスタシアが将軍たちを見ながら地図の一点を示した。側には皇帝もいる。

「今クレイ殿がここに、パド殿がここに、ヴィウェン殿がここに。そこで我々は三つに別れて援護、さらに三時の方向から二個師団での攻撃を行い、体制を整えつつ進撃します」 今彼らは、金鷲隊を中心に十二の方向にそれぞれ太陽のように円を描いて戦っている。 シェファンダと帝国の属国、支配下国数はほぼ均等、帝国のほうがわずかに上ではあるが、油断は一時たりともできない。

「陛下、ラティセンからの援護人数、五百割り増しです」

「同じくティエンティア、ファズエッティ七百ずつ増加」

「アナスタシア閣下、南西の方向から三千」

「では私が出る。イヴァン! 支度しろ」

「できております」

 アナスタシアが大将を見てふっと笑った。

 事をいつも一歩前に出て予測できるイヴァンに対する、無言の褒め言葉と言ってよかっただろう。正にこの二人は、理想的な主従関係だ。

「ファシェ! 左から囲んで行け。他は組んでついてこい!」

 怒鳴りながらテントを出ていくアナスタシアを見送って、カイルザートはやれやれと呟いた。

「すごいですね彼女は」

「もう三日は寝ていないでしょうな」

 シドもこたえる。しかしそんなことは皇帝には関心はないらしく、彼はカイルザートとラシェルの二人の軍師にその他の報告をさせると、また采配を執り始めた。



「右! フルンゼ行け!」

 バババババッ!

 太い雷撃が敵の中心を掻い潜った。一瞬あと倒れ伏す敵の数々。

「ラーッシュ! こっちだ! 氷竜隊めげるな!」

 アナスタシアは怒鳴り続けた。剣が血に染まり顔に血が流れる。硝煙の匂い血の匂い、すべてがまじりあって戦場に耳鳴りを呼ぶ。

 サワ……

「?」

 アナスタシアは眼前の敵の群れが静かに割れるのをみとめた。そして、その向こうから見慣れた男がゆっくりと歩いてくるのも。

「---------」

「ファシェッタ軍第四隊将軍・ジデイド・テサである。アナスタシア将軍に、再度の一騎打ちを申し込む!」

「ジデイド……」

 アナスタシアは目を細めて呟いた。

 それはいつしか、戦場で彼女と一騎打ちをして負け、約束通りに道を開けたあの軍人、アナスタシアにとっての戦友とでも言うべき男であったのだ。噂ではそれがシェファンダの怒りをかって長らく幽閉されていたとか。

「……」

 そして今、再び彼はアナスタシアに一騎打ちを申し込んでいる。アナスタシアは姿勢を正した。

「閣下! 危険です」

「イヴァン。黙って見ていてくれ。そして私が勝った場合は、合図でいっせいに敵陣を潰せ。万が一私が負けたら……」

「---------閣下!」

 アナスタシアはイヴァンにふふと笑いかけた。

「やはりいっせいに進撃しろ。いいな命令だ」

「---------」

 アナスタシアは彼女を通すために自然と分かれていく兵士のつくる道を歩いていった。「久しぶりだなアナスタシア殿」

「本当に、ジデイド殿」

 ---------。

 両軍膠着状態、息を飲んで両将軍のなりゆきを見守った。

「この前は私の都合で槍で戦った。今度はあなたを尊重して……」

 彼は抜刀した。

「剣で勝負だ」

「---------」

 アナスタシアは黙って剣を構えた。

 ガッ!

 飛び散る火花、長身の二人の一騎打ちは、どちらが勝ってもおかしくないほどの凄まじさ、上に、下に、ある時はぶつかりあい、ある時は見事なフェイントを駆使して、二人はどれだけの長い間戦っていただろうか。

 ギィッ!

 二人の剣がかみあい、そのまま震える手で相手の剣を押さえ付けた二人は、しばらく睨み合っていた。

「……前からあなたに聞きたかった……」

「……何をです」

 アナスタシアはジデイドに静かに言った。二人とも息が切れている。相手の剣を押さえ付ける自分の手は白く、微かに震える。

「なぜあなたほどの軍人が……シェファンダに……っ」

 ジデイドはふっと口元を歪めた。剣でアナスタシアを押しやり、彼女が後ろに飛びすさると、

「---------私に勝ってから聞きなされ!」

 と再び挑みかかってきた。

 キィン!

 ガッ……!

「くっ……」

 再び噛みあう剣と剣。アナスタシアは息を整えようとして、却ってそれがきかないのがよくわかった。そろそろ限界なのだ。

「あなたこそ帝国に与して才能を無駄使いするのはよしなされ」

「小癪な!」

 二人は相手を押しやって後ろに飛んだ。次で決まる! アナスタシアはジデイドの懐に飛んだ。当然予測される行動であった。今度ばかりは氷姫、捨身だったのだ。そしてジデ

イドは剣をアナスタシアの方に向けようとして---------……スッと手を引っ込めた。

「!?」

 遅かった。次の瞬間アナスタシアの剣はジデイドの胸を狙った通り寸分違わず貫いていた。彼は、自分を刺せる位置にありながら、剣を引いたのだ。

「……見事……」

 それだけ言うとジデイドはゆっくりと倒れた。

「ジデイド殿!」

 アナスタシアは彼を支えた。

「なぜ剣を引いた!? あなたは私を刺せるはずだった」

「……なぜシェファンダに、とお聞きになりましたな……」

「---------」

 血塗れの手、その震える手をアナスタシアの方に伸ばす。アナスタアはその手をそっと取った。

「……妻、が……捕われているのですよ……奴らに……それで仕方なく……で、でも……・妻は……私が帝国との決戦に赴くのに渋ったのを……知ると……自ら果てて……」

「---------」

「これ以上シェファンダに従う理由も……で、でも祖国が属国下にある以上は……そ、それで……せめて貴公と戦って……」

「あなたは私が来ることを予想していたのか」

「……賭け、でしたが……当たったようですな……な、長い間私を縛り付けていた奴らに……・わ、私の死をもって復讐……を……」

「ジデイド殿!」

 腕の中で重くなる身体。アナスタシアは歯を食いしばった。今は感傷にひたっている場合ではない。顔を上げて叫んだ。

「氷竜隊!」

「合図だ」

 イヴァンはいっせいに攻撃命令を出した。氷竜隊は破竹の勢いでその戦場を駆逐した。 目の前で将軍を失って浮き足立ち、士気が一気に落ちたシェファンダの相手になるものではなかった。

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