第27話 飲み会の夜 3

「おい那月……あんまくっつくなよ……」

「ヤダ♡」


 それほど大きくはない俺んちの浴槽にて、俺は現状……那月との混浴状態にあった。

 御堂さんを連れて帰ってきた罰、あるいはお詫びとして、那月の「……久しぶりにお風呂、一緒に入ろ?」を渋々と承諾した形だ。やめた方が良かったんじゃないかと後悔し始めているが、もはや引き返せない……。


 ……お互いに裸で、しかしタオルは一応きちんと巻いている状態。入浴剤でお湯を濁す処置も施しているから、万が一タオルがはだけてもひと安心、ではある。

 

 ……ではある、ものの、那月にぴったりと寄り添われている現状、タオルの有無なんて正直なところ微差過ぎる。


 那月は俺の股のあいだに収まる形で浸かっている。親に絵本を読んでもらう子供のような状態と言えば伝わるだろうか。俺が親の視点で、那月が子の立場。もちろん俺がこの形を要請したわけじゃない。那月が無理やり俺のあいだに割って入ってきてこうなったのだ……。


 要するに那月の後頭部が俺の視界の中心を陣取っている。風呂に入るために長い黒髪をまとめ上げていて、うなじが丸見えだ。首はほっそりしていて、肩幅も華奢だ。でも昔より、俺の視界を埋め尽くす割合が多くなっている。……それだけ、成長したってことだよな。


「えへへ、なーくんとのお風呂っていつ以来かな?」

「さあな……覚えてない」


 数年前のお盆か年末に帰省したとき以来かもしれない。


「……言っとくけど、混浴は今回だけだぞ? 常態化はしないからな?」

「えー」

「えーじゃないんだよ。お前だって昔みたいに乱入してこなくなったのは、一緒に風呂に入るような年頃じゃないって、分かったからだろ?」

「まあ、ね……」


 那月はどこか恥ずかしそうに身体を縮こまらせた。


「……一緒に寝るのとは、ワケが違うもんね」

「いや……一緒に寝るのも大概だからな?」

「あたしの中では結構違うもん……」

「……そうか」

「うん……なんかきっかけがないともう一緒に入るのは難しいなって思ってた……だから今日は良い機会だなって思って、勇気を出してみたの」

「これ以上……変な勇気は出すなよ?」

「それってたとえば……こういう勇気?」


 那月はそう言ってモゾモゾと動き始めた。

 おいおいなんだよ……。

 こいつひょっとして湯船の中でタオルを取っ払ってないか……?


 そして直後に案の定……、


「えへへー……タオル取っちゃった……♡」


 那月が水を吸い上げたべちゃべちゃタオルを手で持ち上げ、それをばちゃっ、と洗い場の方に放り出してしまった……。


「お前な……何やってんだよ……」

「えっとね……せっかくだから、昔みたいに入ろうかなって思って……。昔はタオルなんて巻かずに、よくこうやってなーくんにべったりしてたよね……♡」


 そう言って那月は、くるりと身体の正面を俺の方に向けてきた。濁り湯に浸かったままなので危うい部位は見えない状態だが、今の那月は完全に裸……。

 そんな那月にぎゅっと抱きつかれ、途方もなく柔らかなふたつの膨らみがむにっと押し付けられ、身体がカッと熱くなる。


「お、おい……」

「あのね……別に“えっちなことして?”なんて言わないから、なーくんもあたしのこと、ぎゅってして欲しいな……」


 那月が耳元でそっと囁いてくる。

 ……甘えるようなその要求には、あらがい難い魅力を感じた。

 でもその要求に従い、腕を回すことにはためらいがある……。

 緊張してるってわけじゃなくて……、


 ……俺が恐れているのは、那月の俺依存を深めてしまうこと、だろうか。


 懐かれるのはありがたいが、この在り方が本当に正しいのかって疑念に思うことがある。

 那月は……ただ刷り込まれているだけなんじゃないかって。

 子供の頃から一緒に過ごすことが多かっただけの、単なる従兄弟を、その「一緒に居た」というただそれだけのことで好きになり過ぎなんじゃないかってな。


 突き放してやるのが、那月のためなんじゃないか……そう思うことが割とある。

 でもそんなことをしてこいつが悲しんだらって思うと、なかなか突き放すことは出来なくて……。


 だから俺は曖昧なまま、突き放さずに、受け止めもせずに、ぼかし続けることを選んでいる……1人で気楽に在りたい感情も相まって、那月とまったくまっとうに向き合おうとしない最低なヤツかもしれない。


 でもそうやって最低なヤツで在り続ければ、那月が呆れて自ら離れていってくれるんじゃないかと期待している部分もある。

 でも本当にそうなって欲しいのかと言えば……どうなんだろうな。

 俺は自分のことが、自分でもよく分かっていない。


 そんな迷いから逃避するようにして、今はひとまず那月を抱き締めておくことにした。突き放したくもあって、手放したくもない、俺を悩ませる困った従姉妹の身体に腕を回して、小難しい考えを一旦放棄する。


「……もちもちだな」


 抱き締めた瞬間に、率直に思った感想がそれだった。無駄な肉があるってことじゃなくて、昔に比べてやっぱり女の子らしい丸みを帯びたなという話である。

 那月は俺の抱擁に笑みを浮かべながら、さらにぎゅっとくっついてきた。


「あたし……なーくん好みの身体になったかな?」

「……悪くないな」

「えへへ……おっぱいとかも触っていいよ?」

「……そういうのは、お断りだ」


 そこはきっかりと線を引いて、俺は過ごさなきゃならないと思っている。

 ……迷っている野郎が、責任の生じることをしてはならない。

 だから抱き締めることさえ、もうやめる。

 引き剥がされた那月が物足りなそうな顔をしたが……ここで変な情に流されるわけにはいかんので、俺は身体を洗ってさっさと上がろうとしたが……、


 今の俺は……により立ち上がれないことに気付く。

 これは……那月を先に上がらせるしかないな。


「……どうしたのなーくん?」

「な、なんでもない……それよりほら……お前から身体洗ってさっさと上がってくれないか? あっち向いとくから……」

「えー……長風呂、ダメ?」

「ダメだ。……御堂さんが起きてこれに気付くようなことがあれば説明が面倒だから、ってのもあるんだよ」

「むぅ、いいじゃん見せ付けちゃえば」

「……いいわけあるかよ。今日はアレだぞ、一緒に寝たりもしないからな? 俺はソファーで寝る。お前は布団で寝ろ」

「えー」

「えーじゃないんだよ」


 そんなこんなでどうにかこうにか入浴タイムが終わったあとは、別々に寝て、朝を迎えた。

 それから御堂さんを家まで送り届けたのちに――

 なんだかまた色々ありそうな、ゴールデンウィークが幕を開けることになった。

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