第25話 飲み会の夜 1
「おう
「いや部長……俺車ですし」
がやがやと騒がしい飲み屋の席で、俺は現状、部長に絡まれていた。
そう、今宵は仕事終わりに飲み会が開かれており、その真っ只中だ。
某ウィルスが完全に収まったわけではないにせよ、すでにそれを問題視するような雰囲気がナリを潜めたため、会社の飲み会が復活。
部長に誘われ、断ったら角が立つかもしれんと考えて一応顔を出したのだが……うーん、俺は正直、こういう場が嫌いなので来たことを若干後悔している。
飲むなら1人か少人数(サシか3人まで)が望ましく、部署総出でやかましく飲むのは性格的に合わない。だから端の席でウーロン茶をちびちび飲んでいたが、そこに部長が来たもんだからなんともまぁ、めんどくさい。
「車ぁ? んなもん代行に頼みゃいいだろうに」
「無駄な金使いたくないんすよ」
「独身なんだから金なんて余ってんだろ?」
独身だから金が余ってるってなんだよ。余ってたところで無駄金をはたきたい理由にはならねえってんだよ。
「大体な、お前28だったか? 数え年だと29だろ? かぁー、どうすんだよもうじき三十路だってーのに彼女すら居なくて。人生楽しいか?」
――うぜええええええ!!
上司じゃなかったらその残り少ない髪の毛をむしり取ってるところだ……っ!!
「あぁでもアレだよな? お前って御堂と仲良いはずだろ?」
「……まぁ、メンターってだけですけどね」
「だけってこたぁないだろ。俺が見てる限り、御堂はだいぶ懐いて見えるけどなあ」
「そんなの、入社から面倒見てやってるからってだけの、刷り込み効果でしょうよ」
卵から孵ったらたまたま親が俺だった、みたいなもんだ。
その親が俺でなくても、御堂さんはそいつと仲良くやれていたと思う。
「どうだかな。――おい御堂、お前ちょっとこっち来いっ」
ちょっ……このハゲ、御堂さんを呼んでどうするつもりだ……。
「はいぶちょー……なんですか~」
向こうで同期の女子と飲んでいた御堂さんはすっかり出来上がった様子だった。
栗色の髪が乱れているし、足元もふらついてる……大丈夫かよ。
「よしよし、よく来たな御堂。なんか長田がお前と飲みたいらしいから、一緒に飲んでやってくれないか?」
は? 俺そんなこと言ってないだろ……。
「え? 先輩が私とですか……♡」
「ああ、長田を頼んでもいいか?」
「ふふんっ、おまかせを!」
「じゃ、長田、あとはお前上手くやれよな?」
グッ、と謎のサムズアップをしながらハゲが居なくなる。
うぜえ……余計な気遣いにもほどがあるだろ……。
「ふっふっふー、せんぱ~い♡ 私と飲みたかったって本当ですか~?」
「いや御堂さん……今のは部長の戯れ言だから」
「照れ隠しですか?w」
「いやマジなんだって!」
「ま、なんでもいいですっ。それよりほらほら先輩っ、先輩もお酒どうですか?」
「いや、俺車だからさ」
「あ、そういえばそうですよねっ。じゃあ代わりに私がいっぱい飲むんで、先輩は見ててくださ~い♡」
そう言って御堂さんはビールだの焼酎だのをグビグビと飲み始めた。
大丈夫かよ……、と思ってその様子を眺めていたが――案の定、御堂さんはやがて潰れることになった。
座敷の畳にぐでんと横たわり、ケタケタと笑いながら「しぇんぱいすきー♡」などと言っている。こないだの出張でもそうだったが、酒弱いくせに結構飲むんだよなこの子……。
向こうの方では部長が「2次会行くヤツー?」などと問いかけ始めているが、この様子じゃ御堂さんは行けないだろうな。俺ももちろん行くつもりはない。
「おい御堂さん、この場はお開きになりそうだが、帰りはどうするんだ?」
「えー……そんなのバナナのスープで泳ぎまーす」
ダメだ……脳が正常じゃない。
「おーし、じゃあ今手ぇ挙げた奴らで2次会行くぞー! おい長田ぁ! お前行かないなら御堂のこと面倒見てやれよな!」
くそ……マジか。
「おい御堂さん……マジでどうするんだよ」
「でゅへへー」
……でゅへへーじゃないんだよ。
これはマジでどうすりゃいいんだ……。
タクシーを呼んでやったとしても、今の御堂さんは運転手に住所を伝えられる状態じゃないだろう。
俺が伝えてやるにしても、御堂さんちの住所なんてそもそも知らんし……。
まさかバッグを漁って住所が載ってそうな証明書等を引っ張り出すわけにもいかんしな、マナー的に……。
同期の女子なら知ってるかもしれんと思って尋ねてみると、知らないです、とのこと。まぁよっぽど仲良くなきゃ、同僚の家って割と知らんもんよな……。
「これはひょっとして……俺んちに連れていくしかない……のか……?」
いや……明日からゴールデンウィークで仕事に支障がないにしたって、それはどうなんだ……? でもこのまま放置も出来ないしな……。
かといって、我が家には那月も居るわけで……。
「…………」
色々と悩ましい感情に包まれるが、俺はやがて結局――御堂さんに肩を貸して車に乗せていた。
……那月の反応が怖いものの、御堂さんを放置出来ない以上、背に腹はかえられなかった。
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