第24話 塩はやめろ
※side:那月※
「ねえねえ、なっちーの13個上の彼ピってマジで彼ピなの? 勝手な片想いとかじゃなくて?」
ある日の昼休み。
那月は入学直後から仲良くしているクラスメイトの女子と一緒にランチ中であった。机を合わせて、購買で買ってきたサンドイッチをはぐはぐしている。
「うん、カレシだよっ。あたしはそう思ってる!」
「あたし『は』かいっ! やっぱり勝手な片想いってことじゃん」
ツッコミながらおにぎりを囓った彼女――
そんなメガネギャルの秋香に対し、那月は反論する。
「片想いじゃないですよーだっ。なーくんはきっとあたしが18歳になるのを待ってるんだよっ」
「でもまだキスすらしたことなくて、一緒に寝てるのにお触りすらされないんでしょ?」
「うぅ……それはそうだけど……」
「お子ちゃまとしか見られてないんじゃないの?」
「……そうなのかなあ」
どれだけアピールしても、確かに
「でもそのなーくんさんが、ひょっとしたら忍耐力つよつよ過ぎるのかもしんないね。あたしが男でなっちーとひとつ屋根の下で暮らしてたら、即日えっちぃことしてる自信があるし」
「あのねあっきー、男になったあっきーであろうと、なーくん以外の人にはえっちぃことさせませんっ」
「一途だねえ。そんなにカッコいい人なん?」
「見た目はふつーだよ」
「普通って言っちゃうんだ?」
「だってあたしは別に見た目だけを愛してるわけじゃないからねっ」
那月が小さかった頃、帰りの遅い両親に代わってずっと面倒を見てくれていたのが永春だ。
那月が生まれたとき、永春は中1で、その中学時代から高校時代、大学時代も含めて、都会に巣立つまでの10年間、特別な用事がない限りは平日に毎日那月の面倒を見に来ては一緒に遊んでくれていた。
那月にしてみれば、永春は親よりも親、というのは言い過ぎにしても、人生で親に次いで影響を与えられた人物であるのは間違いない。
那月のために青春を放棄して、子守りに徹してくれたその優しさに、那月は成長した今だからこそより恩を感じるようになった。
無論、好意も膨れ上がり続けている。
「はあ……どうしたらなーくん、あたしに手を出してくれるんだろ」
「なーくんさんはさ、そもそも恋人が普通に居たりはしないん?」
「居ないよ。なーくんは独身を楽しもうとしてる人だから」
「あー……その手の人ならなっちーほどの黒髪美少女になかなか手を出さないのも納得」
「どうしたらいいかなぁ」
「まぁ、パッと思い付く限りだと……グイグイ行くのを一旦やめて塩対応になってみる、とか?」
「なるほどっ。押してダメなら、ってヤツだね!」
確かに今の自分は攻めすぎているのかもしれない、と那月は納得し――今宵早速、塩対応を試してみることにした。
※side:永春※
「ただいまー」
いつもの時間に会社から帰ってきた俺は、リビングめがけて帰宅の挨拶を発しながら靴を脱ぐ。そして妙な違和感を覚えた。
……返事がない。
居ないのかと思ったが、リビングの明かりは点いている。
おかしいな……いつもならご主人の帰宅に駆け付ける犬っころのようにドタバタと足音を立てての出迎えがあるんだが……。
小首を傾げながらリビングに足を踏み入れると、那月はやっぱり普通に在宅中だった。ラフな部屋着姿でソファーに横たわってファッション誌を読んでいる。
「おう、ただいま」
雑誌に夢中で俺の帰宅に気付かなかったのかもしれない。
そう思って改めて声を掛けたら、那月は一瞬だけ俺に目を向けて、それから何も言わずにまた雑誌に目を戻してしまった。
――え……?
待て待て……どういうことだ。
なんだそのウザい親父に対する反抗期の娘みたいな態度は。
こんな那月は見たことがない。
……虫の居所が悪いんだろうか。
まぁ、こんな日もあるのかもしれないと思って、俺はひとまず気にしないことにしたものの――夕食中も、食後の自由時間も、俺が帰ってきてからというものひと言も喋らない状態が続いたので、さすがにおかしいと思った。
「なあ那月……俺、何か怒らせるようなことしたか?」
あまりにもこれまでと態度が違い過ぎる。食卓で酒を飲んでいるが、那月のことが気になり過ぎて味がしない。喉越しも悪く感じる。
「……何かあるなら、言って欲しいんだが」
デリカシーに欠けるルーティーンがあるようなら、改善する。
そういうつもりで声を掛けてみると、ソファーでテレビを眺めていた那月が突如として立ち上がった。そして――
「――もうやめるっ!! おしまいっ……!!」
そう言って那月が俺に勢いよく抱きついてきた。
……え? な、なんだ……?
「なーくん困らせちゃうのはさすがに耐えらんないから終わりっ! やめるっ!!」
「どういうことだ……?」
「あのねっ――」
との言葉を皮切りに、今宵の異常な那月についてのネタばらしがなされた。
「お、押してダメなら作戦……?」
「うん、なーくんの興味をもっと惹いてみたくなったから……」
な、なるほど……普段は猛烈に押してばかりだから、たまには冷めた態度で接してみようと考えたわけか。
「あのな……いつもべったりしまくりのお前が急に塩対応になるとびっくりするからやめてくれ」
「……ごめんね」
「まぁでも……嫌われたわけじゃなくてホッとしたよ」
那月に口を利いてもらえなかった時間は、生きた心地がしなかった。
悔しいが、那月の思惑は一応成功したのかもしれないな。
「にしても……お前はホント、昔から俺を振り回してくれるヤツだよ」
腹いせに(ってほどではない呆れの感情を込めて)那月の髪の毛をわしゃわしゃとかき回す。
那月はにへっと笑い、「ごめんね」と改めて呟いた。
この感じも昔から変わらない。
謝れば俺があっさり許すと思ってるんだよな。
舐められたもんだ。
まぁ、そんなところが可愛くて、実際許してしまうんだけどな。
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