第23話 出張

「――えっ、出張!?」

「ああ、明日はまるまる居なくて、2日後の夜に帰ってくる」


 ある日の夜、俺は晩メシを食いながら那月に出張の報告をしていた。顧客が利用しているウチの機器に異常が発生したとのことで、直接出向いてシステムのメンテナンスを行うことになったという経緯だ。


「だから明日はお前1人な? 色々気を付けて過ごしてくれ」

「そんなー……」


 那月はしょぼんとした表情で本日のメインディッシュ(鯖の味噌煮)を口に運んだ。


「寂しくて死んじゃうよー……」

「んなことでいちいち死なないでくれ」

「……じゃあ今日はなーくん成分をたんと補給させてね?」

「どういうことだよ……」

「一緒にお風呂に――」

「――却下!」

「じゃあ一緒に寝るとき抱き締めてっ!」

「あのな……出張なんてこれからたびたびあるだろうし、いちいち寂しがってたらキリがないぞ?」

「た、たびたびあるの?」

「ある」

「うぅ……ちなみにだけど、出張って1人で行くの?」

「今回は御堂みどうさんとだな」

「あの後輩さん……!!」


 那月は衝撃を受けた表情でガタッと立ち上がる。


「い、言っとくけどなーくんっ、たとえば会社のミスで宿泊先のホテルが一室しか予約取れてなくて仕方なく夜一緒の部屋で休むことになってお酒飲んで酔っ払って良い感じになった挙げ句チョメチョメする展開になったら承知しないからね……っ!!」

「どこのエロ漫画だよ……」

「あたしと同居してる時点でなーくんエロ漫画みたいな人生でしょっ」

「んなことないだろ……」


 ……ないよな?


「まぁとにかく……ただの出張だから変な妄想はやめてくれ。そんでこの機会に俺の居ない夜に慣れとけ。いいな?」

「じゃあ今夜は明日の不在分も兼ねてちょー密着して寝るからねっ?」

「はあ……勝手にしてくれ」


 こうしてこの日の就寝時は、那月に甘噛みされたりして色んな意味で地獄だったことをここに報告しておく。


   ※


「きちんとふた部屋取れてるみたいだな」


 翌日。

 御堂さんと顧客のもとに出向いてメンテナンス業務を無事に終わらせた俺は、宿泊先のホテルにチェックインしていた。

 隣に控えているパンツスーツ姿の御堂さんが、ちょっと残念そうに呟く。


「ひと部屋しか取れてなかったら面白かったんですけどね」

「何も面白くないからな?」

「えー、面白いですよ。私と先輩が深い仲になれるチャンスかもしれないじゃないですかw」


 ニヤニヤ笑いながら何言ってんだか……。

 栗色のセミロングヘアを今日は後ろでまとめている御堂さんは、パンツスーツ姿と相まって大人っぽいんだが、大人なのはあくまで見た目だけのようだ。


「それはそうと、このあと飲みに行くか? 出張の醍醐味は、仕事終わりに普段は味わえないその土地の酒を味わうことにこそある」

「あ、いいですねっ。行きます行きますっ」


 そんなこんなで、御堂さんと共に居酒屋に出向いてこの土地の酒を浴びるように飲んだ俺は、翌日に支障をきたさないうちにホテルまで戻った。酒に強い俺をよそに御堂さんが潰れかけなので、居酒屋から肩を貸しっぱなしだ。そのまま彼女の部屋まで送り届ける。


「えへへーせんぱぁ~い……私とえっちなことしましぇんかぁ~♡」

「……酔い過ぎだぞ御堂さん」


 肩を貸したまま室内に入り込み、ベッドに御堂さんを横たわらせた。へべれけ状態の眼差しが俺を熱っぽく捉えてくる。


「でゅへへ、据え膳ですよ♡」

「……配膳箇所間違ってないか? そういうのは彼氏にでも言ってやれ」

「彼氏なんて居ないですしっ」

「なら……もっと自分を大事にしとくべきだな」

「先輩になら乱暴にされてもいいですしっ♡」

「……とにかく、明日もあるんだからしっかり休め。じゃあな」


 独り身でありたい者として、責任を取らされそうな事態は避けなければならない。会社の後輩ともなれば、後腐れのないワンナイト、というわけにもいかんわけでな。

 ともあれ、面倒なことが起こる前に俺は自分の部屋まで戻った。


 軽くシャワーを浴びてから、さっさと寝ようと思ってベッドに寝転がる。

 那月が居ないから寝床が広く感じる。

 それに静かだ。

 1人であることを満喫出来る。

 こういう夜は、久々だ。


 でもそれに対して少し物足りなさを感じる部分もある。

 那月のぬくもりがないことに違和感があるような、そんな感覚。

 俺はもしかすると、那月にすっかりほだされているのかもしれない。


 そう考えていた矢先、スマホに連絡が届く。


『なーくんまだ起きてる?』


 那月からのLINEだった。

 そんな連絡は、僥倖に思えた。何事もなく無事に過ごしていることが、このメッセージで分かったからだ。

 一応、返事をしておくか。


『寝る寸前に連絡を寄越すヤツがあるか』

『あ、起きてた! ねえねえ、通話してもへーき?』

『まぁ、したけりゃ勝手にどうぞ』


 そんな返事を送ってすぐ、通話がかかってきた。

 受話器マークをスライドさせると、早速聞き慣れた声が耳に届き始める。


『――なーくんっ、後輩さんと相部屋じゃないよね!?』

「いきなりそれかよ……」

『大事なことだもん!』

「……安心しろ。ちゃんと別々の部屋だよ」

『後輩さんに息を潜めてもらってるとかじゃないよねっ?』

「だからそんなエロ漫画みたいなことはしてないから安心しとけって」

 

 そう告げると、那月は安心したようにひと息ついていた。


『じゃあ安心だね……そんでさ、明日には帰ってくるんだよね?』

「ああ、明日には間違いなく帰る」

『寂しいから、早く帰ってきてね?』


 直接的にそう言われるのは、素直に嬉しいものがあった。分かった、と頷くと、那月は通話口の向こうで楽しげに笑っていた。


『じゃあなーくんが明日もお仕事頑張れるようにもう切るねっ。夜更かしはダメだよ?』

「お前もな」

『うんっ。それじゃあね!』


 通話が切れる。

 短いお喋りだったが、俺はそのわずかな時間だけで英気を養えた気がした。我ながら、ちょろいなと思う。

 そんな中、那月から改めてLINEが届いたことに気付く。おやすみの挨拶でも送られてきたのかと思いきや、それは画像で――


「おい……」


 那月が、俺の寝床に裸で寝転がっている自撮りだった。

 危うい部位は絵文字で処理されているが、かなり際どい写真なのは間違いない。

 何目的だよこれ……。


『その自撮りはサービス♡ あたしを近くに感じながらグッスリ寝てね!』


 ……那月の目論見をよそに、逆に悶々として眠れなくなったのは言うまでもない。

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