第21話 鋭い嗅覚

 那月が我が家に来てからというもの、困っていることがある。

 なんの話かと言えば、性処理のことだ。

 

 俺も男なので、自慰行為をすることはこれまでの人生で幾らでもあった。

 今年に入ってからも週に何回かのペースでやっていたが、那月が来てからというもの、警戒し過ぎて一度もやれていない。

 潔癖気味な俺はトイレに長居したくない人間なのでトイレでやるのは違うし、風呂でやるのは排水溝に白いネバネバが凝固して溜まるリスクがある。

 外でやるのは人としてどうかと思うし、とにかく悶々とした感情が溜まっている。


「なーくんっ、あたしのおっぱいまた1センチだけおっきくなってた!」

「要らんわそんな報告……」


 夜帰宅すればこんな報告をされたり、一緒に寝るのを強制されたりするし、ぼちぼち処理しておかないと頭がおかしくなりそうだった。


 ゆえにこの日、俺は我慢ならず風呂場で致してしまった。


 出したあとはそれを排水溝にしっかりと流し、粘ついたモノが残らないように完璧に処理し、換気扇をフル稼働させて窓も開けた。


 那月がこのあと入るから青臭い匂いを残すのは絶対にNG。

 ちなみに風呂の順番は特に決まっておらず、その日ごとに変わる。

 さっさと処理したかった俺が、今日は先に入ったという話である。


 やがて風呂から上がってリビングに戻ると、自家発電したことがバレないように何食わぬ顔で冷蔵庫に近付き、湯上がりの缶ビールを煽った。

 那月はテーブルで課題をやっている。それが終わると、風呂に入る用意をして洗面所兼脱衣所に移動していった。


 ……大丈夫だよな?

 もう換気は十分にされたよな?


 無性にハラハラしながら夜の時間を過ごす。

 数十分後に風呂から上がってきた那月は、寝巻きのスウェットに身を包んだ状態で冷蔵庫を開けてコーヒー牛乳を飲み始めており、特に何も言ってこない。

 どうやら大丈夫だったようだ……良かった。


 そんなこんなで就寝の時間がやってくる。

 今宵も案の定、那月が俺の布団に潜り込んできた。ぎゅっと抱き締められるが、賢者化している俺は特に反応せず平常心。


「ねえなーくん」

「なんだ?」

「なんかね、なーくんの匂いがいつもと違う気がする」

「え」

「いつもはなんてーか、もうちょっと漢って感じの匂いがするんだけど、今日はそれが薄くなってる気がするな~」


 なんだそりゃ……――はっ……まさかスッキリしたからか……?

 そんな些細な変化に気付くのかよこいつ……。


「ボディーソープ変えたわけじゃないのに、なんで匂いが変わってるんだろ……」

「な、なんだっていいだろそんなの。そもそも人様の匂いを記憶すんな変態」

「えへへ、でもあたしどんな匂いでもなーくんのこと大好きだから、別にこの匂いでもへーき♡」


 そう言ってまた更にぎゅっと抱きついてくる那月。

 ……賢者化しているとはいえ、再び色々とこみ上げてくる感覚があった。

 でも那月を卑しい目で見たくない俺としちゃあ、必死に素数を数えてこの夜を乗り切ることに専念したのである……。

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