第20話 夜の攻防

「なーくんっ、一緒に寝よ♡」


 あくる日の就寝時。

 もはや日課とも言えるくらいのルーチンワークでもって、那月が俺の布団に潜り込んできたことに気付いて、俺はため息を吐き出していた。


「あのな……良い加減、個室で寝てくれないか? 充分あったかくなったろ?」


 まだ夜は肌寒いから、というのが那月による同衾の言い訳だが――

 4月に入り、その言い訳が苦しくなり始めている。故郷の田舎ならまだまだ冷え込む時期なんだが、こっちの4月はあっちで言う5月の気候だ。もう充分あったかくなったんだから、一緒に寝る必要はないはずなんだがな……。


「ぶっちゃけもう暑いんだよ、お前と一緒に寝るの」

「じゃあなーくんスウェット脱いだら? あたしも脱いで涼しくなるから♡」

「オイやめろマジで脱ごうとするヤツがあるか……!」


 キャミソールを脱ごうとし始めた那月の動きを強制的にストップさせる。


「なーくんわがままだな~」

「お前がだよ! いいからほら……良い加減出てけって」

「ヤダ! なーくんと一緒に寝るったら寝るの!」


 頬をぷっくらと膨らませ、徹底抗戦の構え……であるらしい。

 一見すれば最高位の黒髪美少女なのに、なんで中身はこんなにクソガキなんだよ……。


「分かった……じゃあ俺があっちで寝るよ」


 那月がここで寝るというなら、個室のベッドは俺が使う。

 そんなこんなで那月の部屋に入り込み、そのベッドに寝転がった。


 ……とはいえ、こんな程度のことで那月を排除出来るはずがなく――


「――あたしもこっちで寝るっ」


 そう言って那月が俺の隣に潜り込んできた。

 そりゃこうなるわな……。


「ふっふっふー、なーくんはあたしから逃れられないんだよっ?」

「逃れさせてくれ頼むから……」

「ダメ。なーくん昔言ってたよね? あたしがおっきくなったらお嫁さんにしてやるって。だから親密に過ごすことでその責任を取ってもらわないと」

「……そんなこと言ったか?」

「言ったよっ。だからあたしは誰にも何も捧げずに、大事に大事にぜーんぶなーくんのために取ってるんだよ?」

「……物好きだな」

「あたしからすれば、なーくんはあたしのために青春を放り投げてずっと面倒を見てくれた人だもん。そんな誠実な人を好きになるのって、おかしなこと?」


 背後からぎゅっと身体に腕を回され、抱きつかれながらの言葉だった。


「……おかしいかどうかは知らないが、やっぱ物好きではあるだろ」


 13個上の、人によってはおっさん認定してくるであろう28歳のアラサー男。顔面も普通でしかなく、収入も普通でしかなく、飛び抜けた何かがあるわけじゃない。


「物好きでもなんでも、あたしはなーくんが好きなの。それが昔から一切変わらないあたしの想いだから受け取ってくれないと困るんだよねっ」

「……ありがたいが、俺の方からはまだなんつーか、その……なんとも言えないってことは分かってくれよな」


 俺は1人で気ままに、趣味にでも時間を費やして、だらりとゆるりと、自堕落に生きたいと思っている男だ。結婚なんざしたいとも思わないし、当然ながら独り身であることに焦りすら感じない。

 だから那月の気持ちは昔から知っているが、それになんらかのアクションを起こすことは出来ない。ガキの頃の俺は変なことを言ったのかもしれないが、少なくとも今の俺は那月の気持ちを受け入れもしないし、拒否もしない。

 それが基本的なスタンスである。


「うん……だいじょーぶ。一方的にずっと好きで居るから、いつかなーくんが振り向いてくれるの、待ってるね♡」

「…………」


 果たしてそんなときが来るのかは分からない。

 でも那月の健気さに何も思うところがないと言ったら……ウソになるな。

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