第10話 都会探訪 1
「――なーくんっ、休日なのにどこにも行かないのっ!?」
引き続き――休日の朝。
パンとベーコンで朝食を済ませたあと、俺はリビングのモニターでゲームをプレイし始めていた。最近出たRPGがあるからクリアしないといけない。
「休日は基本的にゲーム映画読書で終わる」
「それはインドア過ぎでしょー!! んもぅっ、デートしに行こうよっ!!」
那月がソファーの隣にぼふんと飛び込んできて、ぎゅっと抱きついてくる。
「港付近の公園を手を繋いで歩いたり、オシャレで静かなカフェでランチを食べたり、それから丘の上の公園で夜景を楽しんで、帰りはホテルで愛を育むプラン、いかがですか♡」
「却下」
「えー!」
「えーじゃないんだよ」
こいつはどんだけ俺に依存してるんだか……。
「あのな……どこかに行きたいなら1人で行ってこいよ。休日はゆっくりさせてくれ」
「むぅ、1人で行きたくてもこの辺の地理分からんもん!」
「……言われてみれば確かにそうか」
来たばっかだもんな……。
「分からないのは地理だけじゃないよっ。電車の路線もいっぱいあってよう分からんしっ!」
「……それな」
俺もこっちに来たばかりの頃は色々と路線を覚えるのに苦労したっけ……。
どっかの駅はサグラダファミリアみたいにずっと工事してやがるしな。利用者を惑わせるダンジョン作りに精を出すんじゃねえよという話である。
「ま……俺たちの故郷は車社会だし、都会の交通網は別世界だわな」
「そうだよ。電車なんて年1で乗るかどうかだったし」
「……しかしそうなるとお前、通学は大丈夫なのか?」
那月の進学先は確か、電車で何駅か移動する必要があったはずだ。
「きちんと路線の確認はしてるんだろうな?」
「してるけど、ちょっと不安かなー。下見に行こうかどうか迷ってるけど、その下見で迷子になったらシャレにならないしなー」
どこか棒読みな発言をしながら、那月は俺にチラチラと視線を向けてくる。
「どこかに優秀な案内役居ないかなー」
「…………」
「別にデートしろとは言わないから、下見にだけでも付き合ってくれたら嬉しいのになー」
「……分かったよ」
確かに下見は大切だしな……ぶっつけ本番で向かおうとしたら迷子になって入学式に遅れた、なんて事態になったらシャレにならない。
「――いいのっ!?」
「ああ。このマンションから進学先まで、ルートの確認に付き合ってやるよ。定期なんかも今のうちに買っといた方がいいだろうしな」
移動経路をうろ覚えのまま通わせて何かあったら、保護者として恥だ。
那月を受け入れた以上、きちんとやるべきことはやらないといけない。
そんなわけで数分後、俺たちは身支度を整えてマンションをあとにした。
※
「こっちに着いたときも思ったけど、人いっぱいだね」
「そりゃ、田舎の駅とは違うからな」
徒歩で最寄り駅にやってきた俺たちは、改札口近辺でそんな会話をしていた。
この街は都心まで電車で20分ほどの立地だ。ベッドタウン需要もあって人口密度は高い。駅の利用者だってどの時間帯もそれなりである。
「じゃあ実際に学校まで行くにあたって、まずは定期を買っちまおう」
俺は券売機に移動し、サクッと那月の定期券を購入した。
「ほれ、これで今日から半年間、学校の最寄り駅まではこのカードだけで行ける」
「うおおおおおおおおおおお!!」
「もうちょい女子らしいリアクションをしろよ……」
「ねえねえっ、早速改札通ってみてもいい?」
「ああ、もう使えるからやってみろ」
「ほい来たっ!」
そう言って改札口のひとつへと駆けていった那月は、しかしその場で首を傾げて立ち往生。
「……どうした?」
「どこに入れるの?」
「入れないんだよ……」
「え!?」
「かざせ」
俺は那月の手を掴んでICカードを改札上部の読み取り箇所に触れさせた。
当然のように改札が開く。
「うおおおおおおおおおおおなーくんすごーい!!」
「だからうおおおはやめろってば。そして俺は何もすごくないんだよ。それよりほら、後ろが詰まってるからさっさと行けって」
「んっ、背中押さないで! お尻押して!」
「なんでだよ」
俺はモバイル決済で改札を通った。
「で、お前の学校は上り方面だからこっちの階段でホームに向かう」
「あっちはダメなの?」
「あっちは反対方面だからダメ」
「そうなんだ」
「ちゃんと覚えろよ?」
「うん。で、これから電車に乗るんだよね?」
「ああ」
「痴漢されたらどうしよう……」
されねえよ……、と言い切るのはちょっと違うか。去年のお盆までの那月なら、細身のボーイッシュだったこともあって餌食にはならなかったろうが、今はな……。外見だけならパーフェクト過ぎて変態を招く恐れが結構あるかもしれない。
「まぁ、今日は俺が居るから安心しとけ」
「痴漢ごっこで耐性を付けてくれるってこと?」
「どんな発想だよ……」
なんで俺がそんなエンチャントをしてやらにゃアカンのだ。
「……不安なら通学のときは女性専用車両に乗っとけ。ひとまず今はほら、電車がちょうど来たみたいだから急ぐぞ」
「うんっ」
そんなこんなで、俺たちは階段を駆け下りて電車に乗り込むのだった。
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