第9話 朝のひと幕

『どうよ那月との生活は?』


 那月を受け入れてから数日が経った週末の朝、俺は那月の母親――俺からすれば叔母さん――との通話を行っていた。用件としちゃ、叔母さんによるこちらの様子確認といった感じである。


「まぁ、慣れてきましたよ」

『迷惑掛けてない?』

「……めっちゃ掛けられてます」

『あははっ』

「笑い事じゃないんですけど……」

『ちなみにどんな迷惑?』

「まぁ、相変わらずスキンシップが激しいんですよね……」


 一度一緒に寝たことで味を占めたのか、あの日以降も普通に同衾してくるようになったという有り様だ……夜はまだ肌寒いから一緒に寝てもいいじゃん、というのが最近の言い訳トレンドである。


『ま、あの子は永春くんに懐いてるからねえ』

「懐くの次元を越えてる気がしますよ……」

『それはしょうがないんじゃない? あたしや旦那が共働きしてるあいだ、幼い那月の面倒をずっと見てくれたのは中高大学時代の永春くんだしさ。あの子からすれば、あたしらよりも永春くんの方が親って感じがしてたりしてね』


 ……そうなんだろうか。


『もしくは、普通に愛でしょ』

「……親がそれ言いますか?」

『あたしは永春くんが義理の息子になる分には全然オッケーだけどね』

「いやいや……」

『那月って結構綺麗に育ったと思うし、永春くん的にも悪くないんじゃない? あ、でも手を出すにしてもアレだよ? せめて高校卒業まではゴム必須でお願いね?』

「何言ってるんですか……!」

『何って、エチケットに決まってるじゃん。ゴム使わないなら別の穴で我慢し――』

「すいません切ります!」

『あ、ちょ――』


 叔母さんが何かを言いかけていたが、下世話な話になりかけていたので一方的に切らせていただいた。別の穴ってなんだよ別の穴って……。


「――おふぁよー……」


 そんな折、那月が俺のマットレスから起き上がったことに気付いた。

 そう、俺のマットレスから、である……今日も当然のように一緒に寝ていたわけだ。那月を起こさないように先に起きるの大変なんだよマジで……。


「今日ってなーくん……お仕事お休み?」

「ああ、週末だしな」


 スウェットから着替えずにソファーで電話をしていた。ぼちぼち朝食でも作ろうかと思い、キッチンに移動する。


「なんかさあ……誰かと話してなかった? その声で目が覚めたんだけど……」


 那月は寝ぼけまなこをこすり、寝巻きのキャミソールをまくり上げ、へそをボリボリとかきながら俺のそばに歩み寄ってくる。……色気のない所作なのに、見た目が最高過ぎるからセクシーに見える。見た目ってホント大事だな。


「まぁ、叔母さんとちょっと通話してた」

「お母さん……? なんか言ってた?」

 

 ……あの通話内容をバカ正直には言えない。都合良く改ざんしておこう。


「俺に迷惑掛けないようにね、だってよ」

「うぃーっす……ん? でもさあ、あたしってなーくんに迷惑掛けてる?」

「掛けてる」

「そ、即答……? たとえばどんなとこ……?」

「俺の寝床を侵略してるとこ」

「えー、ぬくぬくしてるだけじゃ~んっ」


 那月はムッと頬を膨らませて不満そうである。


「大体、強く拒否してない時点でなーくんもなんだかんだ一緒に寝るの良いなって思ってるんじゃないのっ?」

「そ、そんなことはないぞ!」

「ホントかなあ?」


 那月はぬぬっと顔を詰め寄らせてくる。


「那月の子供体温さいこー! とか思ってない?」

「思ってない! ……こちとら嫌々寝てやってんだよ」

「嫌々なのになんで拒否しないの?」

「それはまぁ、そんなことしたら……お前が悲しむ気がするからだよ」


 小さい頃のこいつは、泣き虫だった。俺がちょっと怒ったり、こいつの要求を拒否したりするだけで、鼻水を垂れ流して目元をぐじゅぐじゅにしてわんわんと泣き叫ぶのが常だった。今の那月がそうだとは言わないが、その頃の印象が染み付いている。

 だから俺は那月に対して、あまり強い拒否が出来なくて甘いのだ。

 あとは今告げた通り、こいつの悲しむ様子をあまり見たくないというのもある。


「そっか……えへへ、なーくん優しいね。そういうとこ好きっ」

「……だからって調子乗んなよ。度が過ぎれば普通に拒否るからな?」

「ほーい♪」


 上機嫌そうに返事をする那月。

 昔からだが、那月には悲しい表情よりも、その手の明るい表情の方が似合っている。その方が圧倒的に、超絶、可愛いしな。でもそういう感想は絶対口に出してやらない、というか出せない。

 ひとたび口に出せば言質を取られた感じになって、何をされるか分かったもんじゃないからな。

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