第6話 帰宅
「……那月を受け入れてからまだ24時間経ってないんだな」
午後6時半過ぎ。
会社からの帰り道。
信号待ちの車内で、俺はぼやっと独りごちた。
あいつは日中、何をして過ごしたのだろうか。
お昼は何を食ったのだろうか。
叔母さんから頂いた生活費の一部を支給したから、コンビニか何かで済ませたのかもしれない。
今日は1日中、那月のことで頭がいっぱいだったな。新しいペットでも飼った気分だ。留守中のことが気になってしょうがない。ハラハラするこの感覚は、1人暮らしでは味わえないモノだ。良いか悪いかで言えば、嫌いじゃない、という言い方になるだろうか。
「ただいま」
「――あっ、なーくんおかえり!」
やがて自宅に着くと、那月が出迎えてくれた。
一見すると、お淑やかな長い黒髪の美少女。
しかし実際は無邪気な雰囲気を振りまく中身お子様のがきんちょ。
暖色のセーターと仄暗いスキニーパンツを合わせた格好で駆け寄ってきた那月は、どこかニヤニヤと笑いながらこんなことを言ってきやがった。
「ねえなーくん、ご飯にする? お風呂にする? それとも――」
「そういうのいいから」
「ちょっ、最後まで言わせてよー!!」
「そもそもその三択を提示するにしても、きちんと用意されてるのか?」
「えっとね、あたしを捧げる準備だけ出来てる!」
「一番要らないのだけ用意されてるのか」
「その言い草は酷くない!?」
「いいからほら、どいたどいた。中に入れないだろうが」
靴を脱ぎながら那月の身体をどかし、リビングに向かう。
特に散らかされた様子もなく、室内はいつも通りだった。
「なーくんっていっつも大体これくらいの時間に帰ってくるの?」
「ん? あぁ、大体こんな感じだな」
「日中ちょー暇だったよぉ……。お昼で帰ってきてよぉ……」
「無茶を言うな。つーか暇なのは春休みの間だけだろ」
いざ学校が始まれば、新しい友達だのなんだのと忙しくなって、この時間でも家に帰ってこない生活が始まるかもしれないわけだ。
「あたしなーくん子だから学校始まってもなーくん第一主義を続けるもんねっ」
「なんだよなーくん子って……」
変なジャンルを作るな。
「幼少期のあたしを洗脳し続けたでしょ? そのせいでなーくん第一主義のなーくん子になっちゃったんだよ?」
「俺はただ面倒を見てただけだろうが……」
「なーくんが大学卒業して地元から出てったあとは寂しかったなあ」
「……お前まさか俺のあとを追いかけてこっちの高校選んだとかじゃないだろうな?」
「さあ、どうでしょう?w」
意味深に笑う那月だった。
……こいつの場合、ガチでその可能性があるからシャレになってないな。
「それよりなーくんっ、あたしお腹空いたんだけど!」
それよりで済ませていい話題じゃない気もするが……俺も腹が減っている。
さて、何を食うか。
俺は冷蔵庫を覗いて、中身が空っぽに近しいことを悟る。
「こりゃあ買いに行かないとダメだな」
「デリバリーは?」
「割高だからダメ」
デリバリーアプリは配達料だのサービス料だの込み込みで実店舗の2倍近い料金になったりしてアホらしいったらありゃしない。自分の足で店に行くか、自炊する方がよっぽどマシだ。そして俺は基本的に自炊派である。
「スーパー行ってくる。那月は留守番しとけ」
「え! だったらあたしも行くっ。なーくんに買い物任せたらカロリーとか無視してデブる食材ばっか買ってきそう! 肉とか肉とか!」
「どんな偏見だよ……これでも健康に気ぃ使ってんだよこちとら。食料買うときはいの一番にカロリーを気にするっつーのな」
「そうなの?」
「もう28だからな、テキトーに食ってりゃOKの時期は過ぎ去っちまったんだよ」
「おっちゃんだね」
「そうだよおっちゃんだよ。だから健康に気ぃ使ってんの」
これまで健康診断で引っかかるようなことはなかったが、引っかかる前に色々気を配って過ごしておこうってことである。
「じゃあJKのあたしが付き添うことでもっと健康的な買い物にしてあげないとね。なーくんには長生きしてもらわないといけないし」
……殊勝なことを言いやがる。
「まぁ、来たいなら勝手にしてくれ」
「じゃあ勝手にするっ」
そんなこんなで、那月と一緒に近所のスーパーへと向かうことになった。
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