第9話 時が経っても忘れないでよ
放課後。バスから降りると、花恋が俺を呼び止めた。
「ゆっきー、今から家来ない?」
「え?」
…いきなりのお誘い。朝から気まずかったが、ただ、こっちも花恋に聴きたいことがあった。
「行くよ。」
「ついてきて。」
…しばらく歩くと、目の前には旧家のような建物が建っていた。
「ここ、花恋の家?」
「そ。私んち。ようこそいらっしゃいました。」
「ああ。」
花恋の家の敷居を跨ぐ。
「おじゃましまーす。」
「ちょっと私、お風呂入ってくるから。そこで待っててね。」
「ふ、風呂。わかったよ。」
俺は縁側に案内されると、そこに座った。
「…」
柱を背にして座る。背中には阿波根の涼しげな風が吹いている。
すだれが揺れている。
なんとも、落ち着いた気分だった。
しばしこうして過ごしていると、湯上りの花恋がTシャツ姿でやって来た。
「お待たせ。」
「ごめん、ちょっとこっちも眠たくなってたよ。」
「ね。縁側、いい風吹くでしょ。」
「ああ。すげーいい家だな。」
「不便な時もあるけどね。でも、ありがとう。」
「はは。」
「さて、ゆっきー。私に聞きたいこと、あるでしょ。」
「ああ。あるよ。」
「じゃお話、しよっか。」
「おう。」
「なんで私が、ゆっきーのお父さんのことを知ってるかって言うとね。
私、昔ゆっきーに会ったことがあるからなんだ。」
「え…?」
「ゆっきーは覚えてないと思うけど、ゆっきーは昔一度、阿波根に来たことがあるよ。」
そんなの、初耳だ…俺には覚えがない…
「昔、ゆっきーが本当に小さい頃、もう亡くなっちゃったけど、
家のお父さんとお母さん、阿波根の駅で働いてたんだ。」
「まさかその時、俺は…」
「そう。遊びに来てたんだよ。親子三人で、ここに。
それを私の両親が覚えてたんだ。」
「馬鹿な…」
「信じられないよね。けど、その時はまだ世界が変わる前だったから。」
世界…第三次世界大戦、か。
「それで私、覚えてたんだよ。ゆっきーのこと。」
「何を?…」
「だって、ゆっきーは私の初恋の人だもん。」
…記憶が蘇る。
そうだ…昔、確かに、俺は汽車に乗ってここに来て…
この子に、「花恋」と名乗るこの子に、見初められたんだ。
「じゃっ 夏なんで」…最初に会ったあの時、花恋が放ったあの言葉は、
昔、確かに俺が言った言葉だったんだ…
「ゆっきー、阿波根に来てくれて、ありがとう。」
「花恋…」
「もう一回、ゆっきーに会わせてくれてありがとね、神様。」
その時、花恋が空中の何かに目を向けて、空を撫でる仕草をした。
「俺はたぶん、君のことが…」
「わかっているよ。」
にっ、と花恋が笑った。
…そこから後のことは、あっという間の出来事で、俺はあまり覚えていない。
気がつけば、夜になっていた。
なあしさすに着く。
「おっ、遅かったな。」
「ちょっと寄り道してて…」
「おー、友達でもできたか。」
「まぁ、そんな感じです。」
「はは、今日は冷麵がありますぜ、旦那。」
「ああ、そうですか、早く食いましょう。」
俺は直行、居間に行く。
冷麵、美味かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます