第7話 Return

扉を開け、「なあしさす」へと入る。

すると向こうから、塚原さんがやって来た。

「おお、お帰り~。」

「ただいま。」

「学校どうだった?」

「あ、はい。なんとか通っていけそうです。」

「…そっか。そりゃよかった。」

「すいません。ちょっと疲れたんで、部屋で休んでます。」

「うん。メシになったらまた呼ぶよ。」

「ありがとうございます。」

俺は階段を上がっていく。自分の部屋までの途中に、大ちゃんがいた。

「おかえり。」

「ただいまです。」

「布団干しといたよ。」

「あっ、ありがたいです。」

「ゆっくり一眠りしてきなね。」

「はい…」


部屋に入り着替えると、すぐにベッドに横になる。天井を見た。

…なんだったんだ。今日一日は。

今朝転校した、と思ったら、花恋は俺の正体に気付いており、そればかりか、

「俺を守る」と言った。

そして去り際のあの言葉…

‘‘民宿にひとり、夕季を人質にして外へ連れ出そうとしてるやつがいる‘‘

あれは息子の俺を人質にして、

進撃する親父の足を止めさせようとしているやつがいる、ってことか?

…無駄だ。そんなことをしても、冷血なあいつには通用しない。

しかし…

何年も逃亡生活を送っていると、疑心暗鬼が強くなっていけない。

しかしこの民宿にそんな人間が…

考えたくはないが…あの二人の内のどちらかが…?

いや、馬鹿な。

…眠い。

頭がこんがらがっているいる時は、寝るしかない。

俺はゆっくりと瞼を閉じた。

「おーい、夕っ季ー。メシだぞー。」

…その声で目覚めた。外はすっかり夜である。

俺は寝ぼけ眼を擦り、下に降りて行った。

居間では、すでに食事が出来上がっていた。

「さ、食おうぜ。」

「はい。」

「「「いただきまーす」」」

夕食後、風呂へ入り、歯を磨いて部屋に戻った。

ラジオをつける。報道をやっているチャンネルを探す。と。

「…たった今入ってきた情報です。‘‘明石‘‘の攻撃によって、

北部境界線が突破されました。

これにより、本県中部への侵攻は確実とみられ…」

来る。‘‘あれ‘‘が来る。

余裕はもうない、のか。俺は、手に巻いているリストバンドを剝がす。

そして手首にある、小さな「01」という数字を見る。

「鍵…」

あのクソ親父にやられたもので、「明石」は、一体だけ俺の生体認証で動かせることになっている。

これを使えば、阿波根は守れる…いや、俺を守れる、が…

「ここから出よう」

逃げ癖が、また出てしまう。自分だけ助かろうとしてしまう。

俺はひとり、最低限の荷物を持って、窓から出る。

地面に降り立つと、静かに頭を下げ、足音を消して去っていく。

夜道を行く。すると、背後から声。

「行くのか?」

…塚原さんの声だった。

「…申し訳ないです。」

「謝罪はいらない。でも、逃げ続けるのは、もうここでやめよう。夕季くん。」

「…」

「君が俺に事情を話してくれた時、嬉しかったよ。」

「…嬉しかった?」

「ああ。」

「昔、ちょうど俺が夕季くんくらいの頃、知り合いに家の関係で

ある街の滅亡の片棒を担がされちゃった事情の女の子がいてさ。」

「…どんな事情ですか。」

「とんでもねぇよな。その子、自殺まで考えてたけど、なんとか事件は終わってさ。

今はどっかの街で料理屋やってるらしい。」

「はぁ…」

「なんつーかその、夕季くんにはあんま過去に囚われて欲しくない、っつーかな。」

「でも…俺は、あの親父の息子で…正体を知ったら、誰もが俺を憎むでしょう」

「…」

「あの親父が今までどれほど多くの人の命を踏みつけてきたか…

俺が謝って済む話じゃない」

「夕季くん」

「何ですか…」

「君は君の人生を生きろ。親父に会ったらクソジジイって言ってやれ。」

ふいに…夕方の花恋を思い出す。

「…」

「さ、帰ろうぜ。山は寒いからさ。」

俺は、まだここから逃げるべきじゃない…?

「はい…」

俺は無言で、塚原さんの後についていった…

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