第十二話 二〇XX年十月十六日
羽音山 二〇XX年十月十六日
あ、ヤバ、
大丈夫。今なら動ける。祝詞を上げてる最中だったら終わってた。まだ立て直せる。
装束の内から小太刀を抜き、ぞくりと親指に刃を滑らせる。
口の中だけで
「おじさま。供物を捧げた後、片手を挙げもう片手でしっかり
顔を伏せしずしずと
高天原に坐し坐して 天と地に御働きを現し給う龍王は
大宇宙根元の御祖の御使いにして
一切を産み一切を育て 萬物を御支配あらせ給う王神なれば
一二三四五六七八九十の十種の御寶を 己がすがたと変じ給いて
自在自由に天界地界人界を治め給う
龍王神なるを 尊み敬いて 眞の六根一筋に御仕え申すことの由を
受け引き給いて 愚かなる心の数々を戒め給いて
一切衆生の罪穢れの衣を 脱ぎさらしめ給いて
萬物の病災をも立所に祓い清め給い
萬世界も御親のもとに治めしせめ給へと
祈願奉ることの由をきこしめして
六根の内に念じ申す大願を成就なさしめ給へと
恐み恐み白す
奉書紙を三方へ置き、教授と下男さんに目配せ手配せ。
あたしはこの場で一人だけ不確定で不要な存在となっている。
蔵面の墨も、供物の血にも、
あたしは
あたしも皿岩の横で皆と同じ姿勢に。すぐ横に形代を置く。古い神事では祝詞の後に神楽の奉納をしていたそうだが、簡略化された神事でよかった。さすがに今の状況でちゃんと舞う自信はない。
我々が知る何とも似つかわない異形の神、その存在自体が肌を粟立たせる。
あたしに
あと数秒で、
なにか冷たいものが背筋を落ちる。
おじさまにしっかりと抱きかけられた親友に目をやる。
『れーちゃんは、無事帰れる』
覚えていられたのは、そこまでだった。
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