第六話 明治二十五年五月

朝比奈家十二代目当主 朝比奈東鉉記す

 明治二十五年五月 記


 これは朝比奈家の歴代当主に口伝で継承されてきた内容を纏めたものである。


 朝比奈家は、この地に古くから在る神、ナクルトンとの特別な取り決めを持っている。この取り決めは、朝比奈家の血筋を受け継ぐ者が当主として成人した際に伝授される。


 ナクルトンの名は古代の書物に「納苦流瞳」や「囊狗屢薹」という当て字で記されていることがある。家の書庫の文献によれば、文政八年頃に最初の祭儀が行われたとの記録が見られる。


 ナクルトンの姿は当主の前でのみ現れるとされ、その特徴は次の通りである


 体躯は約一〇米突に及ぶ。その巨大な体は深緑から黒色の皮膚に覆われ、時折、不規則に透明な液体が滴っている。首の代わりに瘤のような縦長の頭部があり、その上には三つの深紅の瞳が縦に並び絶えず蠢いている。頭部の下側に口はなく、代わりに蛸の腕や磯巾着のようなものが生えている。三対の節くれ立った腕と二対の足、それぞれの先端には鋭い爪が生えている。背中には透明な三対の翼が生え、それぞれが星のように輝く。


 この神とは言語を通じての意思の疎通は困難で、思念や概念を介した交流が主となる。また、こちらの思念も読み取られ、基本的な意思疎通が可能である。


 朝比奈家とナクルトンとの間の取り決めは次のとおり

 秋の新月に神へ供物を捧げること。これにより、その地に繁栄がもたらされる



 祭事の手順は以下の通り

・秋の祭後の新月の夜、羽音神社の裏手から羽音山を登り、先の屏風岩に至る。ここで履物を脱ぎ、さらに山を進む。

・奥の屏風岩で深夜を待つ。深夜〇時を過ぎると、ナクルトンが現れる。その際、「星の巡りに一つ、血を一つ、その手で捧げよ」という思念が浮かぶとの記録がある。

・供物を皿岩に置き、自らの手で生け贄として捧げる。

・気がつくと先の屏風岩に戻って居るので下山する。

・祭事の間、声を出すこと、恐れること、他の者を連れてくること、敵意を持つこと、失敗することは許されない。

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