第五話 二〇XX年八月二十四日~八月二十五日
朝比奈家 二〇XX年八月二十四日
鈴郁が二〇歳の誕生日を迎え、朝比奈家は賑やかな空気で包まれていた。鈴郁の両親、誠と美咲が実家に顔を出し、花音も孫娘の特別な日を思い、どこか落ち着かない様子だった。
家政婦の水野が鈴郁の誕生日のために特別な料理を準備していた。彼女の手にかかればどんな食材も絶品の料理となり、今日もその腕前を存分に発揮している。
食堂の大きなテーブルには、水野が作った鈴郁の好物である鯵の南蛮漬けや筑前煮、ビーフシチューや海老の天ぷら、そして、デザートには水野が特別に用意したフルーツたっぷりのタルトが用意されていた。が料理が所狭しと並べられた。
「鈴郁、誕生日おめでとう」
今日は家政婦の水野と庭師の佐々木も家族としてテーブルを囲んでいる。口々に鈴郁の成長を祝い、祝杯を挙げる。
「ついこないだまでランドセル背負ってたとったばってん、もうこんなに大きくなったんばい」花音はしみじみとした表情で孫娘の頬を撫でている。
鈴郁の産まれた日の事、初めて自転車に乗った日、大学受験と初めて故郷を離れた日の事。話題は尽きることなく、夜更けまで笑い声の絶えることはなかった。
鈴郁の日記 二〇XX年八月二十五日
テーブルいっぱいに大好物だけが並んだ誕生日の翌日、お父さんに朝から書斎へ呼ばれた。お父さんが十五代の当主になったのと関係があることらしい。
朝食後に書斎を訪れると、お婆ちゃんとお父さんがそろって待っていた。二人が座るソファーの向かい側に座ると、お父さんが口を開いた。
「これから話す事は、今の世の中では古くさい伝統と言われるモノで、きっと鈴郁も聞くだけでは理解するのは難しい内容だと思う。
それでも、朝比奈の血を引く者が成人したら教え伝える習わしになっている。この場で理解し納得しろとは言わないけれど、頭ごなしに否定したり拒絶はしないでほしい。いいかい?」
開口一番がこんな内容で、最初から理解しがたかったのだけれど……。それでも首肯した。じゃないと話が進まなかったから。
「朝比奈家は代々、およそ二百年前から、年に一度、羽音神社と共に神事を執り行っている」
羽音神社って、更紗の実家も関わってるの……? 更紗もこのこと知ってるのかしら。それとも私と同じように知らされてる最中?
「簡単に言うと、秋祭りの後、神社の裏山で古き神に捧げ物を奉じている。その見返りに、羽音地区に繁栄がもたらされるとされている。……まぁまぁ、最後まで聞いてくれ。そんな胡散臭げな顔しなくても、僕自身どんな事を言ってるかは理解してる」
お父さんは苦笑いを浮かべながら言った。
「ここしばらく蔵書庫をひっくり返して本を探しているだろう? 四冊目と五冊目がこれだ」
お父さんが大きな封筒から差し出したのは、そう、十二代目党首が記したあの本だった。表紙に「羽音神社」「追補」と書かれている。
その本を掲げ、お父さんは言葉を続ける。
「この本をしばらく預けておく。コピーを取ったり書き写したりはしないでくれ。……もっとも、朝比奈の一族はなぜか一度見聞きした物を忘れることが出来ない体質だから、一度目を通せば十分だろうけれど。
そして、この本の内容はすべて真実だ。僕はハタチの年に初めてオヤジに連れられてから二〇回ほど、この神事を体験している。未だに信じがたいし、あまり思い出したくない内容ではあるけれど。改めて言う。すべて真実だ」
そう言ってお父さんは本を差し出してきた。おずおずと受け取る。
「今日はまず、その本に目を通しておいで。その上で、何を思ったかどうしたいかを教えてほしい。質問にも全て答える。ただし、今話した内容は誰にも言わないこと。いいね?」
おばあちゃんは、ずっと心配そうな顔をしていた。
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