第5話 壁……ぶち抜きましょうか!

 船着き場から苔むした石段に沿って、小さな丘の中腹まで登る……。

 半日以上かけ、ようやくたどり着いた隠れ家は全体がツタに覆われたボロ屋敷だった。


「長旅、お疲れ様でした! ここがテンセイシャの隠れ家です!」


「これまた、随分と酷い有り様だね。本当に入って大丈夫なの?」


「ご安心ください! 凄腕大工のテンセイシャがこだわり抜いて建てましたので、強度は全く問題ありません!」


「なら安心……なのかな?」


 大工のテンセイシャというのが、どれくらい信用出来るかは不透明。

 とはいえ、本職の人が携わっているのなら、そう簡単に倒壊することもないだろう。


「見た目は少々アレな感じですが、年に何回か集会も行っていますので内部はそれなりに綺麗だと思います!」


「ふーん、そりゃ安心だね。ちなみに、最近の集会はいつやったの?」


「わたしは欠席しましたが、半年ほど前に招待状が届いていたのでその頃かと!」


「そう……」


 なんだろう、この疎外感は。

 自分が誘われていない同窓会の存在を後から知らされたような気分だ。


 参加できるかは別として、とりあえず誘って……せめて、存在だけでも知らせてくれれば良かったのに。


「きっと今も、たくさんの仲間がここを目指して集まってきているはずです!」


「そっか、みんな無事だといいね」


「ですね!」


 ニーナは力強く頷いて隠れ家のドアを開けた。






 隠れ家は木造三階建ての寄宿舎のような作り。

 風呂、トイレ、台所などの共用設備は一階にまとまっており、二階と三階は全て寝室となっている。


 私はニーナから各部屋の案内を受けた後、二階にある寝室の一つを自室に選んだ。


「ああ……うん、良い部屋だね」


 小さな窓がついた長方形の部屋は、白の壁に木目の床という至ってシンプルなデザイン。

 家具も部屋の隅にシングルベッドが一つ設置されてあるのみだった。


 凄腕大工が建てたと聞き、密かに期待していただけに少しがっかり。

 ニーナが部屋を見渡して言う。


「でも、お嬢様が過ごすには狭くないですか?」


「そうかな? 私のサイズ感的には、むしろ余裕があるくらいだけど」


 簡素な作りとはいえ、成人が一人暮らしするには十分な広さがある。

 私サイズなら、三人で暮らしても余裕がありそうなくらいだ。


「うーん、なんか物足りない気がします……」


「まあ、私も屋敷に比べたら小さいとは思うけどね」


「ですよね! むう、これは良くないですね……」


 ……しまった。余計なことを言ったかも。

 ニーナの執事としての矜持は相当なもの。


 私が一瞬でも不満を仄めかせるような発言をすれば、どんな手段を使ってでも解決に努めるだろう。

 ニーナが顔をしかめて腕組みする。


「じゃあ、壁……ぶち抜きましょうか!」


「はい?」


「壁、ぶち抜いて部屋を広くしましょう!」


「なんで?」


「お嬢様をこんな狭い部屋に押し込めるなんて出来ないからです!」


「そんなの別にいいよ。ほら、こんなことしても平気だし十分広いってば」


 私はベッドの上によじ登ると、何度か跳び跳ねてみせた。


「むむ、よく見ると天井も低いですね! 天井もぶち抜きましょうか!」


「うそうそ! ベッドの上で跳ねる機会なんてないから、早まらないで!」


 さっきから、フォローしているつもりが全て裏目に出ている。

 壁も天井もぶち抜かれた凸型の部屋なんて絶対に嫌だ。落ち着く気がしない。

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