第6話 わがままを言ってください!
ニーナが視線を落として首を横に振る。
「お嬢様は、悪役令嬢のことを何も分かっていません!」
「だって、悪役令嬢じゃないし」
「……悪役令嬢っていうのは、とにかくわがままな人のことを指すんです! もっと、わがままを言ってください! 部屋が狭いなと思ったら『建物ごと一から作り直せ!』くらい言って退けて欲しいです!」
「本当に私のことを考えてくれるなら、無視して話を進めないでよ。悪役令嬢じゃないってば」
困ったな。昼に引き続き、またしてもニーナの悪役令嬢発作だ。
「お嬢様って、最近わがまま言いましたか?」
「言わないよ。見た目はこんなでも、中身は大人だよ?」
裕福な家に生まれ変わりこそしたものの、その環境を悪用した覚えなどない。
強いて言うなら、少し高価なリンゴジュースを押し入れが埋まる程度におねだりしていたくらいだ。
ニーナはニヤリと笑って胸を張る。
「じゃあ、わたしが叶えてあげます! というわけで、手始めに壁をぶち抜きましょう!」
「いやいや、いくら悪役令嬢だからって意味もなく壁をぶち抜くのはわがままが過ぎるって」
だいたい、それはニーナのわがままであって私のわがままではないし。
「お嬢様は控えめですね! では、壁のぶち抜き以外に何か要望はありますか?」
「そう言われてもね……」
「さあ、なんでもおっしゃってください! お嬢様が立派な悪役令嬢になるためならば、わたしはどんな無理難題でも叶えてみせますよ!」
……まずい、ニーナがすっかり奉仕欲に燃えてしまっている。
彼女がこうなってしまった以上、どれだけ申し出を断ったところで何かしら理由をつけて壁をぶち抜こうとしてくるだろう。
私は部屋の中を見渡して、何か手直しの必要性があるものはないか探る。
「そ、それじゃあ壁紙を変えたい……かな?」
「壁紙ですか?」
「うん、少しだけ剥げてきてる部分があるみたいだからさ」
言ってはみたものの、よほど凝視しない限り気になるほどではない。
隅の辺りが「なんとなく浮いてるかな?」といった程度だ。
「なるほど! ちなみに色はどうしますか?」
「色? 色は……そうだね、明るい系がいいな。黄色っぽいのとか」
「分かりました! 黄色の壁紙ですね! となると……やっぱり壁をぶち抜きましょう!」
……ダメだった。
「おかしいおかしい。どうして壁紙を張り替えるのに壁をぶち抜く必要があるの。ニーナは何を思ってそこまで壁をぶち抜きたいの? 大工がこだわり抜いて作った大切な隠れ家なんでしょ?」
「ですが、金色の壁紙となりますと小さい部屋では目がチカチカして困るのではと思いまして!」
「私、金色なんて一言も言ってないよ」
「はっ……失礼しました! 悪役令嬢であるお嬢様のことですから、金色のことを黄色っぽいと表現したのかと深読みしてしまいました!」
何を、どう深読みしたらそうなるんだろう。
どうにも、ニーナの言う悪役令嬢のイメージが分からない。
私が望んでいるのはギラギラしていない、目に優しい感じの黄色だ。
「……しかしお嬢様、黄色ならもう少し広い部屋の方が合う気がしませんか?」
「しつこいね。気のせいだよ」
「お願いします! 絶対に後悔させませんから壁をぶち抜かせてください!」
「嫌だよ。絶対に嫌」
「じゃあ一体、どうすれば壁をぶち抜かせてくれるんですか!?」
「もはや、ただ壁をぶち抜きたいだけだよね?」
実は引っ越してきたと思っているのは私だけで、ニーナは解体に来たつもりなのだろうか。
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