第4話 セールストーク


 サチコは現世では、人見知りだった。小学生の頃も友達を一緒に騒ぐことはほとんどなく、無口で消極的な女の子だった。


 現世の記憶があるせいか、異世界に転生してからは少しだけ変わった。人見知りは改善し、社交性と協調性を持ち合わせていた。なぜなら、現世で培った知識と情報があるため、大人のふるまいができたからだ。


 大人びた女の子というのが、周囲が抱くサチコの印象だった。だからこそ、アニーも宿屋でのブレスレット販売を認めたのである。


 アニーの宿屋は早朝から夜まで開いており、居酒屋は夕方から深夜まで営業している。両方を合わせて毎日百人ほど出入りしているので、ビジネスチャンスは大きいといえる。サチコはショウと一緒にブレスレットを宿屋に運び込み、片っ端から声をかけていった。


 例えば、こんな具合である。

「おじさん、少しだけ話を聞いてもらえませんか。東洋の信心深い国に、こんな言い伝えがあります。このブレスレットを身に着けておくと必ず願いが叶う、というのです。誰にでも願い事がありますよね。おじさんにも、きっとあると思います。まず、願い事を口に出しながら、ブレスレットを身に付けるんです。これは木の蔓でできています。だから、肌身はならずにいると、いつか千切れてしまうことになります。その時、おじさんの願いが叶うんですよ」


 つまり、〈願いが叶うブレスレット〉という触れ込みでセールスを行ったのだ。それはアニーに見せたメモと同じ内容であり、ショウにも同じように売らせた。


 東洋の信心深い国とは、もちろん現世の日本を指す。〈願いが叶うブレスレット〉の元ネタがミサンガであることは言うまでもない。


 サチコはターゲットをおじさんに絞った。おじさんのための商品というわけではない。おじさんに買わせる、という意味だ。例えば妻子への土産として買ってもらいたい、と目論んでいたのである。


 さて、ブレスレットの売れ行きはどうなったのか?

 初日は8個売れた。二日目は12個、三日目は15個。口コミが広がったのか、四日目は一気に35個、五日目の昼過ぎに在庫がなくなった。アニーの指定した一週間の期限を待たずに、ブレスレットは見事完売したのだ。


 アニーは満面の笑顔で、

「あんたには驚かされたよ。まさか、こんなに売れるとはね」

 サチコも安堵あんどの微笑みを浮かべ、

「幸運でした。皆さん、大喜びで買っていかれるんですもの」

「あんたには大急ぎで作ってもらわないと。もちろん、追加分のことだよ。すでに予約分が殺到しているんだ。のんびりしてはいられないよ」

「はい、商機は逃しません」


 サチコはショウと一緒に、追加分の制作にとりかかることにした。

 売れることは確定済みなので、やりがいは前回の二倍増しだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る