第3話 マーケの第一歩


 サチコは現世では、啓安大学経営学部に入学して、広告研究会に所属していた。

 子供の頃からCMが大好きだったし、興味をもっていたのが、商品販売の仕組みだったからだ。


 いかに素晴らしい商品でも、消費者の目をひかなければ買ってもらえない。関心をもってもらえなければ、誰にも相手にされず、大量の在庫をかかえてしまうだけ。場合によっては、くだらない商品であっても、広告宣伝の力によって爆発的に売れることもありうる。


 商品販売の仕組みをマーケティングというのだが、サチコはそれを手掛けるマーケターになりたいと思っていた。


 例えば、商品を買ってもらうためには、どのような売り方がいいのか?

 例えば、売上げを増やすためには、どちらの販売経路をとればいいか?

 例えば、ターゲットの消費者に知ってもらうには、どうすればいいか?


 父がぎっくり腰になったせいで商売を行う必要性に駆られた時、サチコの脳裏に閃いたのは、現世のマーケティングを異世界で応用できないか、ということだった。


 マーケという概念のない世界で商品を買ってもらうためには、どうすればいいか?

 商品販売や広告宣伝が未熟な世界で消費者の目をひくためには、何が必要なのか?


 サチコは販売経路を決めていた。幼い頃から顔馴染みであるアニーの宿屋である。


 アニーは目敏くて弁の立つ女主人だった。商売上手という点では、サチコの知る大人たちの中で、ずば抜けて優れている。アニーは男の使用人たちを使って、町一番の宿屋を営んでいた。居酒屋を兼ねているので、人の出入りが激しい場所である。


 サチコがブレスレットを見せると、アニーは鼻を鳴らした。

「随分と安っぽい代物だねぇ。あんた、こいつが売れると思っているのかい?」


 サチコはしっかり頷いて、

「売れます。このメモ通りに伝えてもらえれば、間違いなく売れるはずです」

 そう言って、一枚の紙きれを差し出した。そこに書かれていたのは、わずか十数行の文章である。


 アニーはそれを一瞥いちべつしてから、

「面白そうな話だけど、これだけで売れるかねぇ。商売というものは決して甘くはないよ」

 商売を甘く見ているつもりはない。ただ純粋に、ブレスレットを売るための仕組みを試してみたいだけである。

「お願いです。一週間だけで結構です。私にチャンスを与えてもらえませんか?」


 アニーはしばらく考えた後、

「そこまで言うなら、あんたが思うようにやってみればいいよ。一週間で結果を出してくれたなら、誰にも文句はないさ」


 こうして、サチコのマーケティングの第一歩を踏み出したのである。

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