終章 未来の物語

こわれたおもちゃの兵隊さんの絵本 *

「へいたいさん、げんきでね」


 こわれたおもちゃの兵隊へいたいさん。

 金色きんいろボタンに黒長靴くろながぐつ、でも全身傷ぜんしんきずだらけ。


 兵隊へいたいさんのぬしだったおとこは、っていってしまいました。

 兵隊へいたいさんがいてかれたところには、だんボールはこの山が、うずたかくがっています。


 兵隊へいたいさんはかんがえます。

「よし、このやまのぼってみよう」


 だんボールはこやまをえっちらおっちら。

 片手かたてがなくなっていた兵隊へいたいさんですが、もちまえの勇敢ゆうかんさで、のぼりきることができました。


 頂上ちょうじょうにあったのは、片面かためんひらいた、ちいさなだんボールはこです。


 そのなかにいたのは、ぬいぐるみのおんなでした。


 片目かためにばんそうこうをっていて、かたからは綿わたがはみしています。

 おんなは、兵隊へいたいさんに挨拶あいさつしてくれました。

「こんにちは」


 兵隊へいたいさんもおんな挨拶あいさつして、となりすわらせてもらいます。

「その、どうしたんですか?」

「なくなっちゃったの。だから、このあたりにあったガムテープを自分じぶんったの。あのね、ずかしいからあまり、ないで」


 兵隊へいたいさんはおんないました。

「あなたはとても綺麗きれいですよ。くろいボタンのふゆ夜空よぞらのようだし、かた綿わた天使てんしはねみたいだ」

「ふふ、お上手じょうずね」

 女の子はわらっていました。


 だんボールはこそとでは、いつのまにかあめしていました。

 まるで絹糸きぬいとのようなほそ雨粒あまつぶに、そと世界せかいしろけむっています。

なにえないね」

本当ほんとうに、そと世界せかいなにもないみたいだ」

「このいえ、いつまでもつかな」

雨漏あまもりがしたら、ぼくがあなたをまもりますよ。ぼくからだでできているから、ちょっとのみずぐらいへっちゃらだ」


「ふふ」

 おんなはまたわらいます。うれしそうで、でもすこさびしそうなこえで。

「でもね、ゴミ収集車しゅうしゅうしゃたら……。あのね」

 おんなは、すこだまります。

わたしもう、まれてから二十年にじゅうねんになるの。だからもう、わたしはいいの。だけど、あなたは?」

ぼくは、八年はちねんです。きっとそうだ」

「え、なにが?」

ぬしからあいされて時間じかんごすと、おもちゃのこころうつくしくなるらしいですから。だから、あなたのこころうつくしい。そうでしょう」


 やがてあめみかけた、そのときでした。

「おとうさん、なにこれ?」

「ふむ、どれどれ」


 兵隊へいたいさんのからだは、不意ふいびてきたおおきなつかまれてしまいます。


 ゴミのそばをとおりかかった親子おやこ、そのおとうさんにかかえられ、兵隊へいたいさんはゴミからられそうになっています。

「いやだ、って、あの一緒いっしょれてって!」

 兵隊へいたいさんはそうさけびますが、出会であったばかりの親子おやこにはその言葉ことばくことはできません。


 おとうさんのからのがれようとする兵隊へいたいさんには、おんなさけんでいるのがこえます。

「いいの。おもちゃはあたらしいぬしからあいされれば、またあたらしいこころてる。かなしいおもわすれられる」

 兵隊へいたいさんは必死ひっしさけび、ばします。

「いやだ! あなたと一緒いっしょならどこにでもく、焼却炉しょうきゃくろほのおだってこわくない! はいけむりになってだって、ずっと一緒いっしょにいたい! 一緒いっしょでないならどこにもかない! きたくない!」

 とおざかっていく兵隊へいたいさんに、おんなりました。

「いいの、これでいいの。さようなら、元気げんきでね」


 後には、だんボールはこいえにぬいぐるみのおんなだけが一人ひとりのこされました。

 かみでできたかべはだんだんと湿しめってきて、雨漏あまもりがしてきています。


 おんなは考えます。

 兵隊へいたいさんは、あのっていたんだと。ゴミ収集車しゅうしゅうしゃはこばれたさきに、どんなものがっているかを。それをっていて、あの最後さいご最後さいごまで一緒いっしょにいてくれようとしていたんだと。

 おんなからぽとりと、水滴すいてき一粒ひとつぶだけちました。

 それは、たぶん天井てんじょうからしたたってきた雨漏あまもりからちてきたものだったのでしょう。だって、ぬいぐるみはなみだながさないのですから。

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