4章2話 七人委員会

【新帝国歴1130年4月1日 アリーシャ、あるいは若葉】


 七人委員会は、ヴォルハイム同盟諸国を束ねる意志決定機関だ。七人というのは形式的な名称で、構成主体が七つの都市国家から成っているためである。七人委員会がこの世界を脅かす『災厄』への対抗手段を維持し、共有するために作られたのは、あくまで歴史的経緯だ。委員会では、同盟諸国間の協定や利害の調整など、様々な議題が対象となっている。同盟諸国と言えど利害の対立や、そこから生じる小競り合いは珍しいことではなく、対処しなければならないことは多かった。

 しかし、今回はそれとも事情が違っていた。ヴォルハイム大公マクシミリアンのたっての要請で、災厄を相手取った軍事作戦を挙行する、今回の委員会はそのための作戦会議だった。


「攻め込む、のですか。『遺構』に」

 リヒャルト様が躊躇い気味に口を開く。


 会議場の中央には長円型のテーブルが置かれており、会議の参加者はそれを囲んでいた。薄暗い部屋の中で、ピカピカに磨かれたテーブルに反射する光だけが輝いている。リヒャルト様に随行する家臣団は、その外郭に設けられたボックス席から、その会議の様子を離れて見守っていた。

 『七人委員会』という名称はあくまで形式的なもので、その総会には領邦国家を代表する有力な君主たちが集まる。そんなわけで、四年に一度の総会はちょっとしたお祭りのようなものになるらしい。

 ところが今回は総会ではなく少人数で行われている、内部会合のようなものだった。ランデフェルトは七人委員会の最初の七人に数えられているため、この会合への参加義務がある。ところが、テーブルを囲んでいる『委員』は、七人ではなく、八人を数えていた。


「だからそう言っている、先程からずっと」

 そう答えるのは最上座に座る男性。ヴォルハイム大公マクシミリアン、その人だ、ということらしい。


 マクシミリアン殿下の特徴はこんな感じだった。金色と茶色の中間ぐらいの色の髪は短く、背の高さはエックハルト様と同じか、少し高いぐらいだけどもっと筋肉質な印象だった。とはいえ、どちらも体つきを実際に見たわけじゃないからなんとも言えないけど。羽織っているのは深い藍色の地に金色の縁取りがされた豪奢な上着で、いかにも大貴族の風情だ。だが、下に付けているのは、細かい装飾の施された板金鎧の胴。それが武勇を誇るヴォルハイム家のスタイルであるらしい。


「……何か、不満でも?」

 こう言ったのは、マクシミリアン様の隣の席に座る女性。この女性はこの会合において、一種異様な存在感を放っていた。


 ツィツェーリア・フォン・ヴォルハイム、というらしい。マクシミリアン殿下の双子の妹とのことだった。髪の色や顔つきはマクシミリアン殿下とよく似ているが、背はさらに高く、長い髪を束ねて後ろに流している。衣装もマクシミリアン殿下とよく似た、藍色の地に金色の縁取りの上着、その下に板金鎧を着込んでいるところも同じだが、それはマクシミリアン殿下のものよりもさらに重そうで、腕には金属製のガントレットまで嵌めている。

 中世の騎士といえばまずイメージに浮かぶフルプレートアーマーだが、実際に使われていたのは騎士道物語の主舞台である中世前期よりは、むしろルネッサンス期に近い時代だ。とにかくあれを着て動くのは大変らしく、数十キロの鎧を付けて一日戦っていると大の大人でもへばってしまうらしい。ジャンヌ・ダルクは鎧を付けたままで一週間戦ったという話もあったので、それも例外のある話かもしれないが。

 火器の発達により板金鎧は次第に廃れていくはずだが、先込め式で施条のない銃ぐらいしか実用化されていないこの世界の現在では有用な装備なのかもしれない。それか、あくまで儀礼的な衣装としての甲冑なのか。


 とにかく、会議の内容に話を戻そう。

「……私は、この作戦には反対です」

 言いにくそうな様子を見せていたリヒャルト様だったが、やがて口を開く。

「その根拠は」

 これはツィツェーリア様。

「『遺構』内部の災厄の戦力が未知数だからです。それに尽きます」


『遺構』とは何なのか。この世界には『遺構』と呼ばれる、未知の建造物が各地に点在していた。それらが存在する場所は、険しい山の中腹や広大な不毛の荒地など、人が滅多に訪れない土地に限られる。大きな塔のような形状をしていて、石組みや煉瓦によって作られた人の手になる建造物とは違った異様な見た目をしている、とのことだった。

 遺構に近づくことは禁じられていた。元々人が近づけない場所にあるというだけではない。遺構に足を踏み入れて無事だった者の話はついぞ聞かない。遺構に近づくと災厄がやってくる、それはこの世界のお伽話として、広く知られた話だった。

 遺構と災厄の伝説は、また『失われた帝国』の伝説とも関連している。『遺構』という名前自体が、それらの建造物が『失われた帝国』の遺産であることを意味するものだった。


「戦力分析を聞いていなかったのか? 当該遺構はあくまで小型のものだ。斥候部隊の再三の作戦行動の結果、確認できたのは小型災厄三十五体、中型が十三体、大型が二体。数倍を想定しても、全部で二百体は超えないだろう」

「ランデフェルトの若君は飲み込みが悪くていらっしゃるようだ」

 数字を示してリヒャルト様の異議をあしらうツィツェーリア様に、薄く笑ってからかうマクシミリアン殿下、それにリヒャルト様は怯んだかのように視線を落とす。公国内では一番立場が上のリヒャルト様だけど、この委員会では末席に当たっている。いかにも君主、みたいな態度は影を潜めていて、目上の者に対する物言いに終始している。

「……ではなぜ、遺構に攻め込むのですか。対処可能な戦力しか保持していないのなら、攻め落とす意義も薄いでしょう」

 そう抗弁するリヒャルト様だけど、マクシミリアン殿下は逆に、我が意を得たり、とでもいうように、優雅に口を開く。

「逆に聞こうか。なぜ、攻め落とさない?」

「……は」

「戦力を結集すれば十分叩くことができる。だが、放置すれば我が方の戦力は分散され、分断される。結集しないかぎり、敵方の有利は揺らがない」

 しばらくリヒャルト様は考え込む。

「……藪を突いて蛇を出す。そういうことにはなりませんか。我々が災厄と戦う理由は、災厄という存在に勝利を収めるためではない。その害から民と国土を守るためでしょう」

「弱腰だな。何をそんなに怯えている?」

 そう言って、マクシミリアン殿下は足を組み替える。

「その槍の脆弱さが白日の下に晒されるのがよほど恐ろしいと見える。……無理からぬことだが、これからは槍の時代ではない」

 マクシミリアン様は、テーブルの下から何かを取り出す。


 黒光りする金属の長い銃身に、木製の銃床。

 やっと私は思い出す。リンスブルック侯国の新型銃、だ。


「人間は、災厄に勝たねばならない。単純なことだ」


 その日の閉会後、議場を退出した後のことだった。


「……リンスブルックには、なんと弁解したらいいのか」

 腕を組んでリヒャルト様は呟く。


 リンスブルック侯国で災厄に襲撃された工房で生産された新型銃については、委員会の開催前にヴォルハイム大公国に報告がなされていた。現物を渡していたわけではなくあくまで情報だけだったが、その情報のみからなんと数ヶ月で実用銃の生産に成功したらしい。

 さらにヴォルハイムでは、迅速な装填を可能にする改良型の弾丸の生産を行ったらしい。私の弾丸形状に関するしどろもどろな示唆もヴォルハイムへの報告には入っていたのかもしれない。つまり、リンスブルック侯国の企業秘密を漏らしてしまっただけではなく、それを上回る技術示唆までしてしまったことになりかねない。ただでさえ外交関係で微妙な位置に差し掛かっているのに、これは結構拙い話かもしれなかった。


 そんな会話を議場の外でしていた時のことだった。

「……委員会に女連れ、とはな。ランデフェルトの若君もお年頃と見える」

 非常な長身に、女性としては低い声。ツィツェーリア様だ。


 立ち上がった所を見ると、その重そうな甲冑の姿はさらに威圧的だった。下半身はドレスのように広がったスカートだったが、それは下半身の装甲を覆い隠すものであるらしい。金属製の脚甲がその裾から覗いていた。そして鎧以上に異様だったのが、その背に負っていたものだ。身長ぐらいの長さはあろうかという、巨大な大剣だ。


(ひ、ひええ…………)

 なんて、私は心の中だけで呟く。


 リヒャルト様は規格外だけど、その他の人間のスペックはあまり元の世界とは変わりないと思っていたが、ここに来てリヒャルト様以上の規格外が現れたようだった。


「……彼女は、技術相談役として同行させています。女性だからと言って軍事に昏いとは限らない、あなたも同じでしょう」

 反論したのはリヒャルト様だ。ツィツェーリア様はそれを鼻で、ふん、とあしらうのだ。

「言ってくれる。……私を女と呼ぶのなら、私を女と扱えるのか?」


 そう言って、ツィツェーリア様は背中の大剣を引き抜き、一閃させる。その一撃に晒されたリヒャルト様はのけぞり、尻餅をついた。そしてその剣先は、リヒャルト様の喉元のすぐ先にあった。


「貴様が槍を持っていなかったことが惜しい。今の一撃で、貴様の槍は折れていたぞ」


 大剣を収めると、ツィツェーリア様は踵を返して歩み去っていく。その姿を、リヒャルト様は無言で見つめていた。

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