第27話 魔王を生け捕り?


 このデヴォンシャーにはドーム球場ぐらいの面積の広場があり、室内ではあるが地面は人工芝になっていて多少暴れても大丈夫だそうだ。


 勝負はすでに始まっている。

 しかしここで俺は戸惑った。どう行動すればいいか分からないのだ!


 ウェイバーは動かず足元に魔法陣を描き、シャロも同じ様に魔法陣を描いていた。ウェイバーは白色で小さく、シャロのはオレンジ色で大きめだった。

 ここはシャロの魔法発動まで待つべきか……?

 ――いや、とりあえず魔法の使えない俺はウェイバーに特攻あるのみだ!


「うおおお!」


 俺は持っていた真鉄(鉄パイプ)を横に構えてウェイバーめがけて突っ込んでいく。

 ウェイバーはニッと笑い、虚空に平手打ちするように手のひらを横にはたいた。


 ゴウッ……!


 猛烈な横風が吹き、俺の体は吹き飛ばされそうになった。風魔法の『強風』だ!

 俺の体勢が崩れたそのスキをついて、ウェイバーはシャロに向かって走っていく。シャロはまだ魔法の詠唱中のようだ。


「あ、やべ……」


 シャロがウェイバーの攻撃間合いに入ったちょうどその時、シャロの土魔法が発動した。


 ドドッ!


 地面からブロック塀ぐらいの土壁が生えてきてシャロをウェイバーの攻撃から守る。


 ゴッ!!


 しかしウェイバーはその土壁を難なく正拳突きで破壊。

 その時、俺はダッシュでウェイバーの背後まで迫っていた。そしてそのまま真鉄で横薙ぎ一閃!これで決まりだ……。


 ――と思ったが後ろの俺の気配を察知したウェイバーにしゃがんでかわされ、代わりにカウンターの強烈な回し蹴りを食らう。


 ドッ……!


 鈍い音と共に俺の脇腹にウェイバーの足がめり込む。


「グフッ……」


 内蔵にも響く痛みだった!俺はしばらく脇腹を抑えることしか出来なかった。

「ぐっ、やばい。吐きそう……シャロ!」


 シャロはどうなった?その姿を確認すると――。


「いったーーっ!!」


 俺と同じ――しかし確実に手加減されているであろう軽めの回し蹴りでフッ飛ばされ地面を転がっていた。

 ダメだ、この人強いわ……光輪なしじゃ勝てねえ。


「オイオイなんだ?だらしねえなお前ら」


 ウェイバーは息も切らさず言う。そのあと拳を構え、その場でシャドーボクシングみたいな動作を始める。その動きもまたアホみたいに速い!何だアレ……。


「いたたた、ちょっと、手加減してよ!」


 シャロは文句を言う元気がある分俺よりマシだ。

「お前にはかなり手加減したぞシャロ」

 ――ということは俺は全力なのか?まだ腹の内側からくる痛みが引かない。く、くっそ……!


「人間相手はモンスター相手より選択肢が多くて大変だ。今度対人戦が得意な境界人を紹介してやるよ」


 ウェイバーは余裕の笑みと共にそう言った。

 それを聞いてシャロは遠慮した。

「私はいい、人と戦うことなんてほぼないもん」

「そうか」

 俺はまだ苦しいながらもなんとか口を開いた。

「お……俺は是非……お願いしたいな……」

 俺はまだ痛む腹を押さえながら、負けた悔しさよりも強くなりたい気持ちが勝っていた。

 ウェイバーはニヤリと笑い「流石だ!」と一言。


 そして思い出したように俺達にある提案をした。


「そうだ。言い忘れてたが、もしお前らが戦力になりそうな友達や知り合いをオルターに勧誘してきてソイツがちゃんと仕事出来るようになったら……良いことがあるかも知れんぞ?」


 良いこと?何だろう?

 早速シャロが問いかける。

「え!?何?何?もしかして引出金がらみ?」

「まあそうだ、具体的にはまだ決まってないが次の会議で決まったら教えてやる」

 シャロはそれを聞いて目を輝かせた。

「ホント?絶対教えてよ!」

「ああ、タイチも適当に知り合いに声かけてみてくれ」


「あの、……実は俺友達いないんだ」


 悲しい事に親以外で日本でまともに会話しているのは香織しかいない……くっ、ほっといてくれ。


 シャロは俺の言葉を聞き、吹き出して笑う。

「あっははっダッサー!」

「う、うっせーな!お前に関係ねーだろ」

「……な、なるほど、まあ別にそれならそれで構わん……うん。群れるのが嫌なヤツもいるだろうしな」

 ウェイバーはなんか気を使った感じの反応だった。それも地味に傷つくんだが?


 ――ちょっと会話が途切れた隙に、俺はスマホで時間を確認した。すると夕方の4時半になっていた。

「うわ!もう4時半じゃん、今日は一旦日本に帰るわ」

 このデヴォンシャーからペロド村、それからバロルを通って境界まで全力で走って移動しても1時間はかかる、こういう時に風魔法が使えたら便利なんだけどなー。

「あ、タイチじゃあこれ登録しといて。このアプリを落として電話番号で登録してくれたらいいから」

 シャロは意外にもメッセージアプリの名前と自分の電話番号が書かれた紙を渡してくれた。

 おお!こ、これは、初めての友達?が出来るのか!!うおおお……。俺は地味に感動していた。


 喜びもつかの間、ここでシャロは妙なことを聞いてきた。


「それとさ変なこと聞くけど、タイチあんた今まで生きててキレた事ってある?それこそ人を殺しそうなレベルで……」


 思いがけない質問に俺は戸惑ったが、自分の人生を振り返って一番そう思ったのは就職してからの職場の上司の仕打ちに対してだった。

「仕事でパワハラ上司の暴言に耐えまくってた時期は辛かったけど、キレたり殺意を抱いたりはしなかったな。暴言にどうやって反論しようかとは考えてたけど」

 俺がそう答えるとシャロは真顔でこう言った。


「ふーん、ならいいけど……正直言ってアンタの能力は強力すぎるから、なんかの拍子に自暴自棄になって暴走でもしたらとんでもない被害が出るわ。それだけはマジで気をつけてよね!」

「お、おう。俺もそれは思ってたから注意しとく」


 シャロの忠告に思い出したようにウェイバーも話し出した。

「お、そうだタイチ。その光の能力についてちょっと調べてみたぞ。歴代の能力者について簡単に紹介してやろうか?」

「おお!マジか。頼む」

 俺は目を輝かせ興味津々でウェイバーの顔を見た。


「最初はさっきも話した『光の槍』の虐殺者、二人目は王室騎士団の小隊を壊滅状態に追いやった『光の弾』を撃つ狂人、この二人はまぎれもなく危険人物な。ま、俺の目が黒いうちはこんな奴らは絶対オルターには入れないがな」


「頼もしいぜ。そんで三人目は?」

 俺が聞くとウェイバーはニヤリとして答えた。


「三人目はそれまでと打って変わって模範的人物だったらしい。20年前の魔王討伐のメンバーに勇者として選ばれ――最終的に魔王と相打ちしたという男だ。ちなみに『光の剣』の使い手な。この三人目の死については不可解なことが多く俺も独自に調査中だ。で、四人目がお前な」

 ここまで聞いて俺は感想とついでに自己弁護をしておこうと思った。

「なんかこの能力者って危険人物と人格者の両極端だよなー。もちろん俺はまともだぞ?」

「はっはっは。それは俺もタイチの脳を『調査』したから分かってるぞ」

 ウェイバーは笑って肯定してくれた。しかしいつ聞いても脳を覗かれるってのは不気味だ。


 ――まあいいか。とにかく今日のとこは家に帰ろう。


「とりあえず今日は俺帰るわ。二人はどうすんの?」

「私は今日はここの宿泊所に泊まるわ、カリフォルニアは今深夜だけどまだ眠れない。時差が面倒くさいのよね」

 シャロは即答した。

 そういや群馬県はオルターとほぼ時差がない、これは都合がいいな。

 境界人の町であるデヴォンシャーには宿泊施設だけでなく、食堂のような飲食店もあった。俺は一人暮らしを始めたらこっちで泊まるのもアリだなと思った。

 一方仕事人間のウェイバーの方はここからも仕事ずくめのようだ。

「俺はまあ色々とやることがある、また会おう。……と言ってもお前ら現金を引き出すために毎日ここに来るだろうから、すぐ顔を合わすだろうけどな」

 

 ここで俺は一つ気になっていたことを聞いてみた。

「そういやオルターに行き来してる境界人って今何人ぐらいいるんだ?」

 俺の素朴な質問にウェイバーはやや戸惑いながら眉をひそめた。

「アクティブな境界人って意味では30人程度だ。やはりオルターの仕事ほったらかして稼いだ金で地球で遊んでる奴は結構いるな。くそっ!そいつらの口座永久凍結してやろうか……」

 この人はこの人で大変だ。


「ウェイバーは自分の知り合いは誘わねーの?」


「もちろんそれは考えた、だが現世で家庭を持っていたり企業勤めだと誘いづらくてな。死ぬ可能性もあるし……そうなったら流石に後味が悪い。その点お前は自分からオルターに来た上無職でニート、当然収入もなく家が金持ちでもない。さらにアホみたいに体力があり戦闘能力も高く、なんといっても光の能力者だ。俺からすれば喉から手が出るほどの人材。素晴らしいぞタイチ!」


 俺は隣のシャロを向いて聞いた。

「これって褒められてんの?」

「9割馬鹿にされてるわね」


 ここでウェイバーは一息つき、秘めたる計画を俺達に打ち明けた。


「タイチ、シャロ。無理にとは言わんが勧誘の件頼んだぞ。一つ目標があってな。次の魔王討伐で俺達は魔王をする!そのための戦力は出来るだけ多い方がいい」


 おおっ、なんか凄いことになってんな!

「それはいつ頃?」

「王宮の魔道士達の話では今から50日ほど後らしい」

「分かった。じゃまあた!」


 俺はそう言って二人に別れを告げ、デヴォンシャーの境界まで走っていった。


 魔王を捕まえる――か。なんか凄いな。

 俺はウェイバーの言葉を頭の中で反芻しながら帰路につくのだった。

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