第26話 ウェイバーとのバトル
一本道の山道を走り、俺とシャロは例の施設(デヴォンシャーだったかな?)に帰ってきた。
あの鉄の扉を開けて二つのシャッターをくぐり施設内に入ると、前も見た人工的なLED電灯の白い光が眩しかった。
「ってかウェイバーってまだいるのかな?」
施設に入ってすぐ俺はシャロに聞いた。
「いるでしょ?一応私達の報告を聞いてから報酬を支払うハズだし」
「……確かにそうだ。でも今回俺達何もしてねえよな?」
クロエとクレメンスの二人がすぐに倒しちゃったからな。
「うーん、もしかしたら減額されるかも知れないわね。ま、それより問題は交渉の方よ。頑張りましょ!」
「何を頑張るんだ?」
「!?」
建物の影からいきなり俺とシャロの前に現れたのは他ならぬウェイバー本人だった!驚くじゃねーか……!
ウェイバーは俺達をねぎらうようにこう言った。
「おかえり二人共!焼肉美味かったか?」
特に嫌味のつもりではないらしく、笑顔で普通に話しかけるウェイバー。
「やっぱり全部お見通しなのね。報酬は確か40万リルよね?」
シャロはため息まじりの笑顔でウェイバーに確認をとった。
この時のシャロの顔は俺が最初に会った時のそれと同じで、愛想の良い営業スマイルだった。裏表のあるヤツだなー。
ウェイバーの方は表情を変えずにこういった。
「おう、その通り。ちゃんと支払うから安心しろ――というかもう振り込まれてるハズだ」
おお、仕事が早い!しかも減額もなし!俺は思わずニヤついた。
ここでシャロは笑顔で感謝を述べるとともに交渉を始める。
「迅速な対応ありがとうウェイバー。ところでちょっといい?」
「いや、無理」
シャロが話し終えるより先にウェイバーは拒否した。
シャロは苦笑いを浮かべ反発する。
「……まだ何も言ってなくない?」
笑顔と真顔の中間くらいの顔でウェイバーはこう言った。
「どうせ預金を米ドルで全て引き出させろとか言うんだろ?絶対に無理」
シャロは落ち着いた様子で反論する。
「ねえウェイバー。オルターバンクの預貯金って私達のお金よね?急に大金が必要になったりした時に自分のお金を引き出せないっておかしくない?」
ウェイバーはそんな事は百も承知だと言わんばかりに否定してきた。
「引き出せない理由は前話した通りだ。ここはアメリカや日本の銀行じゃねえ。嫌なら自分の母国で商売すればいい」
シャロはまだ食い下がる。
「前から思ってたけど、オルターバンクから毎日少額だけしか引き出せないのって、戦闘で使えそうな境界人が地球に戻りっぱなしになると嫌だからでしょ?ここの貯金はいわばそうさせないための人質だわ。違う?」
ウェイバーは鼻で笑って言う。
「まあそんな所だ、特に否定はしない」
「……もし全額一気に引き出せないなら私、仕事は受けずに毎日2000ドル引き出させてもらうわ。仕事を受けるかどうかは任意なんでしょ?」
シャロは少し余裕がなさそうな表情をしている。
「別に構わんよ。ただ――俺はオススメしない」
ウェイバーはこの辺から真剣な顔つきになる。なんか嫌な予感しかしないぞ……。
シャロも当然真剣な顔で話を聞いている。
「実はとある境界人が丸2週間ほどこちらの依頼を断り続けてきたんだが、なぜかそいつのオルターバンクの口座が凍結され、引き出しも振込も出来ない状態になった。当然俺に文句を言ってきたが俺は銀行の管理はしてないからどうにもならん。誠に残念なことだな」
シャロは口をあんぐりと開けて絶望の表情を見せる。
「なんて白々しい……仕事しなきゃ凍結されるなんて、ここの預金は本当に人質じゃない……」
悲壮な表情をするシャロにウェイバーは提案した。
「そもそもの考え方を変えたらどうだ?オルターバンクは高額な預金を引き出す所ではなく、ちゃんと仕事さえすれば一般企業の月収が毎日手に入るものだと。俺は悪くないと思うがな?」
「……」
沈黙するシャロにウェイバーは追い打ちをかける。
「それと、境界人にはオルターの法律や刑罰というものは今のところ適応されない。現状だが、境界人に規制や処罰を行うのが誰かというと――」
「俺だ!」
親指で自分の顔を指差しそう宣言したウェイバー。さらに不適にニッと笑いこう続けた。
「だから俺に逆らうな」
シャロは下を向いて何か考えているようだった。
よし、ここからは俺の出番だ!
「おいウェイバー」
「おう、どうした?」
ウェイバーは落ち着いたテンションで返事をした。
「俺と戦って俺が勝ったらシャロの預金おろしてやってくれ」
いきなりそう言われたウェイバーはちょっとの間固まり、そして笑い出した。
「おいおいなんだお前!少年マンガか?」
「理由があってシャロには金がいるんだ。頼む」
俺は真面目な顔をして頼んだ。
「いや、理由とか関係ねえよ。無理だから諦めろ」
腕を組んだままウェイバーの態度は全く変わらなかった。
予想通りの反応、ここからが勝負だ。
「今の話からして境界人を取り仕切ってるのはアンタなんだろ?銀行の制度もアンタが本気で銀行に話せば特例を認められるんじゃないか?」
俺はそう言いながらウェイバーの周りに例の光の輪を出した。
そうするとウェイバーの表情に怒りが滲み出した。
「おい、てめえ……何のつもりだ?今何してるか分かってんのか?」
その場にピリッとした緊張感が張り詰めた。このウェイバーという男、やっぱり武闘派だ。
「挑発だよ、アンタ強いんだろ?」
ちょっとビビりながらも俺は表情を変えずにそう言った。虚勢も演出として大事だ。
「馬鹿野郎!俺は忙しいんだ。お遊びで戦ってる場合じゃねえ。お前の力は魔王とその手先に使うもんだ。頭を冷やせ!」
まっすぐ俺をにらみつけるウェイバー、やはり苛立っているようだ。
「……個人的にアンタと一回戦ってみたいんだ」
シャロの金の話もあるが――これは俺の本心だった。
俺は一旦全ての輪を消して交渉した。
「アンタは俺達が従う価値のある人間か試したい。だから勝負しろよ」
やや上から目線での挑発……さあどう出る?
「フン。戦闘能力と器の大きさはあんまり関係ねえぞ……お前もしかしてバロルからペロド村まで競争して負けたのを根に持ってんのか?」
ウェイバーは俺の真意を詮索するような顔だ。
そういやそんなことあったな。
「いや、そんなん俺も今思い出したよ」
ウェイバーはため息をつき、俺を説得しようとしてくる。
「考えてみろ佐々木タイチ。何のアドバンテージもないニートのお前がこれだけ稼げる職はねえだろ?大人しく仕事しろ」
ここで俺はウェイバーに前から思っていたことを聞いてみた。
「逆にウェイバーはなんでこのオルターでこんなに頑張ってんの?俺はまだこっちに来たばっかだから、オルターの世界より今んとこ群馬での生活と……お金も日本円の方が大事なんだけど」
ちょっと考えた後、口を開くウェイバー。
「……実はオルターに妻がいるんだ、そりゃあお前……頑張って稼ぐしかねーだろ。なあ?」
その言葉に反応したのはシャロだった。
「へー!そうなの?意外と家庭思いじゃない。正直見直したわ!」
「そうだろ?現世に二人、オルターに二人、合計4人の妻と7人の子供達を食わる為に俺も必死さ」
「F○○K!!やっぱりクソ野郎じゃない!?この異世界不倫男!」
俺は思わず吹き出して笑った。この人おもしれーな。
それからウェイバーはちょっと頭を掻いてから俺の方を向いた。
「おいタイチ、預金を下ろすのは無理だが勝負したいんなら受けてやるよ。俺もちょっと体動かしたかったしな、ここでやろう」
俺はシャロを振り返った。シャロは俺に近寄りこう言った。
「ねえ、お金のことはもういいから、それよりアイツ一発ぶん殴っといて!」
女であるシャロはウェイバーに対して憤りを感じているようだった。
俺はちょっと困惑しつつも戦いの決意を固めた。
「ところでルールとかはどうすんだ?」
「お前ら二人で来いよ。2対1だ。その代わりタイチは光輪使うの禁止な」
ウェイバーが条件を提示してきた。俺は特に文句はなかった。
「いいのウェイバー?そこまで手加減出来ないわよ」
シャロは本当に加減しなさそうな雰囲気だ。
「いい。お前も色々不満が溜まってんだろ?この際だ、遠慮なくぶつけてこい!俺は結構頑丈だからな」
ウェイバーはデヴォンシャーの外を向いて言った。
「外はたまに強い魔物が出るし、任務以外の事で魔法を使いすぎると魔法協会に文句言われるかも知れん。戦う場所はここだ。デヴォンシャー内の情報は外に漏れないからな」
そう言うとウェイバーは俺とシャロから10メートルほど距離をとった。
俺は今まで殴り合いのケンカなんてほとんどしたこと無かった。もちろん格闘技経験もない、初めての対人戦闘だ、どんな感じだろう?ちょっとドキドキして来た。
「では始め!」
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