第28話 光輪の新たな技とエノキの拘束


  俺はデヴォンシャーから境界を通って再びペロド村まで飛んだ。


「やっぱこの村は怖いな」


 慣れてないのもあるが白骨死体がそこら中にあるというのはやはり恐ろしかった。

 境界があるこの村に死体がそのまま放置されているのは、「境界人に対する警戒を忘れるな」という戒めの意味があるのかも知れない。

 俺は空中に光輪を出して、「この力は本当に慎重に使うべきだ」と改めて思った。


 そこからは全力で走りバロルへと到達した。

 ここで俺はちょっと冒険者ギルドへ顔を出してみようと思った。エノキやミシェルがいるかも知れない。

「おっすー」

 俺は実家の玄関を開けるのと同じぐらいのテンションでギルドの門をくぐった。

 すると周りの冒険者達がざわつき始めた。

「あれ……タイチじゃねえか?」

「えっ!?アイツが……ミシェル達とオーガを倒したっていう?おお……なんか普通だなー」

「おいミシェル!タイチが来たぞー!」

 なんだこの反応……。もしかして俺、有名人になってる?

「ミシェルがいるのか?」


 俺は奥の方で一人酒を飲んでいるらしい女を発見した。それは間違いなくミシェルだったが以前会ったときのような凛々しい感じではない。かろうじて椅子に座りつつもテーブルに突っ伏して、顔の側面をテーブルにくっ付けながら目を細めてこちらを見ている。顔はやたら赤い……これは相当飲んでるなー。

 そして俺の姿を見るなりちょっと顔を上げ目を見開き、こちらに来いと手招きしてきた。


「おっすミシェル。……めっちゃ酔ってんじゃん、大丈夫か?」

 俺は普通にそう話しかけたが、ミシェルはそんなのいいから座れとばかりに対面の席を指さしてくる。

 そしてギルドの受付の子に、「ビール一杯追加」と注文した。

「タイチ~どうだ冒険者は?ランクは上がったか?」

 ミシェルは俺の顔を見てはいるものの、虚ろな表情のまま視点が定まっていない。嫌な予感がした、この人悪酔いするタイプかも知れん……。

「今は冒険者として依頼は受けてないんだ。実はとある人に会ってさ、その人の仕事を手伝ってる感じなんだ。そっちの方が給料良いしな」

 俺は今までの経緯を説明した。「境界人」とか「ウェイバー」とかのワードを出さないように注意しながら……。

 その途端ミシェルは両手で俺の顔を挟むように抱えてきた。


「偉いなあお前は~。ちゃんと仕事して偉いぞ〜。なあ高級取り〜ええ??」

 とか言いながら笑顔で俺の顔を揺さぶる。あーやべえ。嫌な予感が的中してしまった。

 とりあえず俺はミシェルの手を掴んで顔から離させ、ここまで酔っている理由を聞いた。

「ミシェル、酔いすぎだぞ。どうしたんだよお前。前あった時とエライ違いじゃねーか?」

「うう~~。ダンナがもう2週間も家に帰ってこないんだ~!こんなの飲まずにやってられるか!」

 俺は思わず苦笑して「あー」と漏らすしかなかった。

「タイチー、お前はカオリを大切にしてやれよ!」


 そういえば今日は丸一日香織に会ってないな。

 その時俺は脳内に香織の笑顔を思い浮かべ、にやけたような笑顔になっていた。

「なんか香織に会いたくなってきたぞ。へへ」

「はぁーっ……。全く幸せもんだよお前はーーなんか腹立ってきた!」


 あ、やばい。なんか八つ当たりされそう。

 俺はとりあえず話題を変えた。

「そ、そういえばエノキには会ってないか?あいつに聞きたいことがあったんだけど」

 そう、アイツに科学魔法のこと教えてやったらどんな反応するかな?

 ミシェルはそれを聞いてしばらくボーッとして俺の言葉の意味を確かめているようだった。そして気だるそうにしながらも「エノキ――ああ!そうそう……」と何かを思い出したような仕草を見せる。


「アイツはー……何かやらかして今、魔法協会に拘束されてると聞いたが……」


 それを聞いて俺は目を見開いた!

「え!?アイツそんな事になってんの?ははっ。一体何したんだよ?」

 この時は他人事だったので笑い話を聞くかのように気楽に構えていた。


 ――『エウラリアは触れてはいけないものに触れてしまったのだ……』

 え?誰!?


 ……気づいたらテーブルの横にいつの間にか謎の人物が立っていた。

 その人物は顔にはスフィンクスの顔面のような仮面を付け、全身黒のローブに身を包み明らかに異様な格好をしていた。魔導士だとは思うがお面で顔が分からないためその異様さは際立っていた。

 ……そしてさっきのこの人のセリフはなんか普通じゃなかった。

 この人が声を出して俺がそれを聞いたというより俺の頭の中に直接語りかけてきたような感じがする。

 あと、男っぽい声だったので勝手に男だと推測した。背丈もまあまあ高いし。


 その男はまた脳内に語りかけてきた。

 俺は男の口を注視したが、やはり微動だにしなかった。


『彼女はこのままだと魔法協会により処分されるかも知れない……あの子を救出してほしい』


「いや、まずアンタ誰だ?」

 俺は率直な疑問を問いかけた。


『今は答えづらい……王都のこの家を訪ねてくれ。あの子はこの魔法世界に必要な存在だ!』


 俺の脳にそう伝えるとこの怪しさの塊の様な男は、袖の中からその家の場所が書かれた紙切れを取り出し俺に渡した。

 スマホや携帯のない時代ってこんな感じだったのかな?

 俺はその男を改めて見ると足元に魔法円陣が描かれていた。


「え?魔法!?今魔法使ってんの?」


 俺の疑問に答えずその男は俺とミシェルに背を向け、ギルドの出口から出ていこうとした。その時俺は大きめの声でこう言った。


「今日はもう遅いから明日行く!いいか?」

 男は歩みを一瞬止め、『ああ』とだけ答えて外に出ていった。

 男からの話は全て俺の脳内に送られたもので男の声は一切聞いていない。


 ――何だったんだ?しかしエノキはなんかやばいことになってるらしい。俺は即座にこう思った。


「助けよう」


 こういう時、俺は一切迷わない。アイツには以前オーガから香織を守ってもらった恩もある。

 今度はこっちの番だぜ!


「ん……タイチどうしたんだ?……あの仮面の男は何か言ってたのか?その紙は?」

 ミシェルは酔いが原因なのか分からないが仮面の男との脳内会話に参加出来なかったらしい。

「エノキがピンチらしい。俺、明日助けに行くよ」


 ミシェルに簡潔に説明すると俺は立ち上がった。

 帰って香織にもこの事を伝えよう。あいつ、エノキと仲が良かったしな。

「え?エノキが!?私も……うぐっ……」

 ミシェルは椅子から立ち上がるなり額を手で抑えた。

「無理すんなよミシェル。それじゃ明日は二日酔い確定だろ?アンタは旦那の帰りを待ってやれ。じゃあな」

 俺はミシェルの背中をさすりながらそう諭した。

「うう……すまないタイチ」

 そう言うとミシェルは再びテーブルに突っ伏して動かなくなった。どうやら眠り始めたようだ……やれやれ皆どっかで悩みがあるんだなー。


 そういう意味では俺はミシェルの言う通り幸せモンなのかも知れない。悩みどころか希望に溢れている。お金も毎日20万円貰えるしな!


 俺はギルドを出ていつもの境界へと走った。その最中ふと思った。

 オルターじゃ魔法はなんか色々規制されたりしてるけど、俺の光輪は全くそういうのがないよな。まあそもそも光の能力者自体ほとんどいないらしいから良いのかな?


 俺は空に光輪を一つ出してぼんやり眺めながら走った。そして二つのことを発見した。


 一つ目はこの光輪は蛍光灯みたいに明るさを調節できて夜はめちゃくちゃ役に立つ!ということ。すでに境界までの道は薄暗くなっているので実用性は抜群だ。

 それともう一つ、コレがかなり重要。


 ――『光輪に乗って移動できるのでは?』


 なんで今まで思いつかなかったんだ?

 俺はこの光輪を攻撃用の能力としか見ていなかったが、これができれば最強の乗り物になる。

 早速俺はつま先立ちでやっと届く高さに光輪を持ってきた。そして軽くジャンプし右手で光輪にぶら下がってみた。

 すると普通に掴まれた!俺の体は宙に浮いている!やったぞ、凄い。


 これで後は輪を動かせば――俺は光輪を前に進ませるイメージを脳内に思い描いた。しかし――。

 動き出すと俺の体は慣性力によって前のめりになり、その瞬間光輪は消えてしまった!ええーなんでだ!?


 気を取り直して今度は足元にタイヤぐらいの大きさの太めの輪を出しそれに乗ることにした。

 輪に足を乗せると今度も確かに上に乗ることが出来たが、問題はその後だ。

 さっきと同じ様に輪を動かすイメージを描いてみると、やはりその瞬間、光輪は消えてしまうのだった。

「あれー……なんでだろう?」

 俺はもう一度タイヤ型の輪を出して動かしてみた。するとその輪は消えず普通に脳内のイメージ通りに動いてくれた。一体何が違う?……そうか!


 俺が地面にいたまま輪を動かすときは、その輪にだけ意識を集中すればよかった。しかし輪に乗って移動するときは輪から見た周囲の空間全体が後ろに流れるイメージを持たないとダメなんだ!

 しかも足場が動くからそれに対して踏ん張る必要もあり、そうすると自分に意識が向いてしまうので光輪が維持できなくなるというワケだ。


「こ、これは難しい!……今度練習しとこう」

 このとき俺は上手く行かないもどかしさよりも次の課題を見つけた嬉しさのほうが勝っていた。

 まさにゲーム感覚!楽しいなー。


 オルターの気温は自分の住んでいる群馬とほぼ同じくらいで、静かな夕闇の中、心地よい涼やかな風に吹かれ俺は自分の人生が充実していることを感していた。


 そう、このときは……。

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