第24話 猪の焼肉
「クレメンスさん……さっき敵がいなくてつまらんって言ってたじゃないですか?」
女の子が俺の言いたいことを代弁してくれた。
「いやっ、アレは魔物の事を言っててだな……境界人はやっぱり怖いだろぉよ!クロエ」
なにか言い訳しているおじさん。名前は……クレメンス?女はクロエ?
「まあー確かに境界人が出て来るとちょっと怖いですけど……あっすいません。失礼なこと言って!」
クロエという女子は少し恐縮しながらそう言った。境界人の俺達に配慮したようだ。
こうやって話しながらもクロエとクレメンスの二人は境界から目をはなさない。
俺とシャロは二人の姿を後ろから眺めていた。もちろん境界にも注意を向けている。
この待機時間についてシャロに聞いてみた。
「なあ、今のこの待ち時間って何?」
「境界の転送能力がなくなるまでの時間待ちって聞いたわ」
「え?転送能力ってなくなるの!?俺ら毎日使ってるじゃん……?」
「この待機時間内に入り込んだ境界人に関してはその後も自由に出入りできるみたいよ。私も詳しくは知らない、あの二人に後から聞いたら?」
シャロは後ろから科学魔法班の二人を指さして言った。
ここでそれを聞いたクロエが境界を向いたまま口を開いた。
「実は境界が存在し続けるためには大きな魔力が必要で、私達が何もしなければ一時間ほどで境界は消滅してしまうんです」
「へー」
俺はクロエの消滅という言葉にドキッとした。もし境界が消えたら日本に戻れねーぞ!?
今度はクレメンスが説明する。
「魔物が出てきた場合はそれで良いんだが。味方になってくれそうな境界人の場合はすぐに消滅されちゃお互いに困るだろ?」
「うん、めっちゃ困る!」
「だから俺らが延命措置をするワケだ。まず境界人の姿形を……えーっとあれ?何だっけアイツの言ってたやつ、なあクロエ?」
クレメンスは何かをど忘れしたようにクロエに問いかける。
「脳波と顔認証でしょう?人を特定するためのあちら側の技術だって説明されたじゃないですか」
「お、おうそれそれ!その脳波と顔認証で特定した境界人が境界を通る一瞬だけ魔力を使うように制御して境界を維持するのが俺達の仕事よ」
……まるでスマホの節電みたいだ。顔認証やら脳波やら、ホントに科学魔法って言葉がしっくりくるな。
俺は冗談のつもりで隣のシャロに言った。
「どっかに監視カメラとかあったりしてな」
「何言ってんの?」と言うような顔でシャロは世界樹を指さした。
「世界樹なんて監視カメラだらけよ。オルターには32本の世界樹があってカメラは四方八方に向けられてる。それで境界の出現をいち早く発見してるんだから!まあ境界は99%世界樹の下に出来るから、それ以外の場所にできちゃった場合は面倒なことになるわね」
「あ!そーだったのか!?」
「ついでに電波塔の役割も果たすらしいわ……いや、科学魔法的には『脳波塔』かしら?さしずめGPS機能のスマホにあたるのが私達の『脳』ってとこかな?」
……うーん不正な魔法使用が一瞬でバレるのもうなずけるなこれは。
俺の頭にはオルターバンクでのウェイバーと誰かの脳内会話が思い出された。
――俺達がそこまで話していたとき、それはやってきた。
「ビリッ……!」
境界からノイズの様な音が響く。
「おう!来たぞ。警戒せい!」
クレメンスは俺達をチラッと見てそう警告した。
よく見るとクロエもクレメンスも足元に巨大な魔法陣を描いている。クロエは赤、クレメンスはオレンジ色だった。
「わーお!あれってレベル4か5クラスの魔法じゃない?ヤバいヤバい!」
シャロはそれを見て危機感と興奮が混ざったような笑みを見せた。
俺もちょっと身構えた。どうやらこの感じだと魔物が出てくるみたいだ。
――ドスンッッ!!
大きな音とともに境界から出てきたのは巨大なイノシシのようなモンスターだった!
……それにしてもデカい。高さだけでも2メートルはありそうだ!目つきは鋭く口からは涎をたらし、うなり声をあげていかにも凶暴そうに見える。
「あれは……ボアプリウス。突然突進してくるから身構えて!」
シャロが注意を促した。俺は光の輪を3つ出しておいた。
ボアプリウスが蹄で地面を掻いて突進しようとしたとき、その地面が一気に細かく砂状になり蟻地獄の巣のように凹み、ボアプリウスを飲み込みだした!
どうやらクレメンスの『土』魔法の効果らしい。
しかしボアプリウスは犬かきのように足を動かしそこから出ようとする。
もう一歩でそこから出られそうになったその時、ボアプリウスの周りに白く光る球のようなものが無数に現れた!!
猛烈な光で見ていて眩しいぐらいだ。
「カフソナス!!」
クロエがそう唱えると白い白球はボアプリウスの体にまとわりつく。
その瞬間ボアプリウスは全身を炎に包まれ燃え上がった!
「ブゴオオオオオオ!」
ボアプリウスは絶叫して転げ周り地面の土で炎を消そうとする。
しかし砂状だった地面が今度は岩のようにかたまり、炎上するボアプリウスの周りを取り囲むように地面から岩盤が出現した。ボアプリウスはその間も炎に包まれ続ける。これは勝負ありだ!
――数分後、境界の目の前には焼け焦げた巨大なイノシシが横たわっていた。
「おおーすっげー!あの二人めっちゃ強えじゃん」
俺は思わず驚嘆の声をあげた。
「さすが王室の魔術士ね。私もあんなの使ってみたいわ」
横にいたシャロも称賛している。
するとクロエとクレメンスの二人は俺とシャロを手招きした。
「なんだろう?」俺達は駆け寄った。
「あの、お腹空いてませんか?」
クロエがそう問いかける。そういえば腹減ってるな。
「良かったら皆で食べませんか?ちょっと臭みはありますけど美味しいですよ!」
クロエは今倒したばかりの巨大なモンスターを指さしてそう言った。
「え?コイツ食えるの!?」
シャロは驚いているようだ、もちろん俺も。
「まったくよう食うなーお前は」
クレメンスはちょっと呆れたように苦笑している。
「だってー、人間食欲には勝てませんよー」
クロエはややはにかみながら腰に下げていた短剣を抜いた。
それを見て思った。これからこのボアプリウスを解体する気だなと。よっしゃ手伝おう!
「解体するなら手伝うぞ」
俺は光の輪を5つ出して横たわるボアプリウスに横から輪をはめていった。
「うおおっ!何じゃこの輪っかは!?魔法……ではないよな?」
クレメンスは驚きの声をあげた。王室の魔術師も驚くんだな……この光の能力はやっぱり相当レアらしい。
「俺の必殺技だぜ!」
俺は得意になってボアプリウスを輪切りにしようとした。
「あ、待って下さい。後ろ足を縛って吊り下げることって出来ますか?血抜きをしたいんです」
とクロエが注文を付けてきた。
「え?あ、うんまあ出来ると思うよ」
俺は言われた通りイノシシの宙吊りを実現させようとした。しかしボアプリウスはかなり重く、ゆっくりと少しずつしか上に持ち上げられなかった。重たっ!……2トン近くあるんじゃないかコイツ?
イノシシを指定の位置まで持っていくと「この辺かな……」とクロエは表情を全く変えず短剣を右手に持ち、右肘を左手で支え体全体で短剣を押すようにしてボアプリウスの前足の付け根辺りを突き刺した。そのままグリグリと血管の位置を探し「うん!」と言って剣を抜いた。
その瞬間大量の血がドバドバと流れ出てきた。その血はクレメンスが地面に魔法で開けていた穴にドドドドッと音を立てて滴り落ちていく。
クロエは慣れているのかほとんど表情を変えずその様子を眺めている。血抜きがちゃん出来そうだからか少し笑っているようにも見える。
返り血を顔に浴びても平気でペロリと舐めとっているそのアンバランスさに俺はちょっと恐怖を覚えた。
「おえっ……」隣のシャロは地面に片膝をついて目に涙を浮かべ今にも吐きそうな顔をしている。
しかしこれも食うためにやってることだ。俺はしっかり見ておくぞ!
その後は水魔法で洗浄し内蔵を傷つけないように摘出、それからアバラの背の部位|(ロース)の一部を切り取りもう一度水魔法で洗う。
クロエはそこから4人分の肉を切り出し自分の短剣に串刺しにして、カバンから取り出した塩と香辛料を振りかけた。なんでそんなもん持ってるんだ……?
「……クロエって普段から調味料とか持ち歩いてんの?」
一応聞いてみた。
「あ、はい。もしもの時のために常備しています。食料――特に肉は貴重ですから!」
満面の笑みでそう言うクロエ。
へー、結構生活力のある子なんだな……オルターじゃこれが普通なのかな?
残ったボアプリウスの死体は一旦クレメンスが作った大きめの岩の上に乗せてある。どうやら後で持って帰るらしく、水魔法の巨大な水球の中で丁寧に洗浄されている。
クロエはその辺にあった平べったい石の表面を、渦巻き状にした水魔法の水できれいに洗った。そして火の魔法でちょっと赤くなるまで加熱し、その上に調味料をふりかけた4人分のイノシシ肉を乗せて焼いてくれた。イノシシ肉の石焼きだ!
――「はい、頂きましょう!食器はないので手づかみですが」
俺達4人は肉を中心に集まった。さっきまでグロッキーだったシャロも、食卓にあがるようなステーキ肉を見るとなんとか回復し笑顔を取り戻した。
俺も肉汁のしたたるステーキとその匂いに思わずヨダレが出てきた。早く食いたい!
ここでクレメンスが音頭を取った。
「よっしゃー。では勝利を記念して――いただきまーす」
俺達も後に続く。
「いただきまーす!」
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