第23話 クロエとクレメンス
――それから15分程走って、俺とシャロはやっと施設の外へ出られた。
外に出るは二重のシャッターを開け、その先にある大きめの鉄のドアを開ける必要があった。
今、俺達はそのドアの前にいる。
「やっと外かー」
俺はちょっと息を切らしながら後ろをついてくるシャロを見た。
シャロは肩を上下に動かし俺以上に息を切らしていた。上目遣いで俺を睨みながら怒鳴ってくる。
「……はあっ……はあっ、ちょっとタイチ!あんた速いって!」
「お、おう悪い」
結構早く走ってたけどシャロは普通に付いてきた。なのでそのままペースを緩めなかったがやはり良くなかったようだ。
ちょっとシャロの息が整うまで待った後、観音開きの鉄の扉を開けようとするとするとシャロに怒鳴られた。
「タイチ待って!まだ空けないで!」
俺はそう言われて開けかけたドアを閉めた。
「ん?こっから外に出るんじゃないのか?」
「あのねえ。ここ、一応魔物除けの魔導具は置いてあるけどそれでもたまに強いモンスターが出るのよ!ゆっくり周り見て開けてよ。馬鹿じゃないの?」
……なんかシャロが怒っているように見える。なぜだろう?なんかやらかした俺?
まあシャロの方が先輩だし実際危険地帯なんだろう。言う通り慎重にゆっくり開けていこう。
ギ……ギギッ……硬い観音開きのドアをゆっくりと押していく。正直かなり重い扉だ。
俺は相撲で相手を押す様に体全体で扉を開けていく。
シャロはちょうど俺の腕の下に体を丸めてしゃがみ、外の全体像を確認する。
扉の隙間が30センチほど開いたところでシャロは上半身を外に出し、辺りをぐるっと見回している。
「……オッケー。来て」
俺はシャロに続いて外に出た。
……なんだろう。そこには俺と香織が行き来する境界やバロル周辺のような晴れやかさ、涼やかさといったものがなく、陰鬱とした雰囲気の森の中だった。
ゴアアアアァァァァ――。ギャアアァ。ドルドルドル。プロロロロアアア……
遠くから聞いたこともないような鳴き声が聞こえてくる。ピリピリとした緊張感が漂っている。怖っ。
「あれが世界樹の一つ、ヘルムの樹よ」
シャロが指さしている先には巨大な木があった。俺と香織が来た境界近くにあった巨大樹とそっくりだ。
「境界の99%は世界樹の下にできるの。だから世界樹から付近の町や村までの道は必ず整備されてる。行くわよ」
シャロの言った通りこの建物から針葉樹の森の奥に向かって、一つの道が伸びている。道幅は2メートル程度はあった。
「よっしゃ!行くか」
俺達は世界樹に向かって走り出した。
その途中で俺は隣を走るシャロにいくつか質問をした。
「なあシャロ。お前どれぐらい強いの?魔法とか使える?」
シャロは機嫌が治ったのかちょっと笑顔になって答えてくれた。
「私、雷以外は適性あったからまあまあ強いわよ。タイチは?」
「自慢じゃねーけど俺は今んとこ魔法は一切使えないぞ。武器はこの鉄パイプと光輪だ」
俺は光輪を一つ出した。
シャロは軽く拍手して褒めてくれた。
「グレート!聞いた話じゃタイチのその能力、魔法使い20人分の戦力に匹敵するそうよ」
「マジで!?ははっ俺強え!!どりゃーっ」
俺は調子に乗って光輪を刃状にして飛ばし、道の前にあった木をスパッと切った!
パキッ……バキバキッ……。周りの木の枝が折れる音と共に、その木は俺とシャロの方向に倒れてきた!
「ああっ!?」
「きゃっ!!」
俺は慌ててシャロの体を抱え横へ飛び、なんとか木と地面に挟まれずにすんだ。
「す、すまん。大丈夫?」
俺はシャロをかばうつもりでシャロの下になっていたのだが、うっかり胸を揉んでいた事に気付いた。
柔らかいぜ!
「この馬鹿っ!」
俺はシャロに両手で首を締められた。「ぐええ」
すぐにシャロは立ち上がり怒りながら言った。
「全く――。この世界じゃ道を塞ぐのは重罪なのよ!なんとかしなさい」
「あ、ごめん。どかすどかす……よいしょ」
なんとも情けない姿だ……まあ自業自得だが。
俺は倒木の幹に光の輪をはめ、ゆっくり移動させた。
シャロは渋い顔でそれを眺めている。文句を言いたいのと能力に対する賞賛の気持ちが入り混じっているように見える。するとシャロはこんな事を言ってきた。
「……ちょっと話変わるけどタイチ。あんたって詐欺とかで人に騙された事ない?」
「え、なんだよ急に?……いや、ないけど?」
「ふーん。今までのあんた見てたらそんな風に見えたんだけどね、私そういうノーテンキでお人よしみたいな奴見てるとイラッとしてくんのよね」
ちょっと眉を上げて話すシャロ。ん?もしかしてさっき怒ってたのはそのせいか。でも俺なんか言ったっけ……あ、もしかしてアレか!?
「シャロ。俺はこう見えて意外と人を見る目はあるぞ!」
心当たりを思い出し、しっかりシャロの方を向いて自信満々で言った。
ホントか?と言いたげな顔をするシャロ。
「だからシャロの親父が本当に病気かなんて一々確認しないし嘘でも別にいい」
その言葉を聞いてシャロは目を大きく開いた。そしてふわっとした笑顔を見せた。その笑顔は最初に会った時の営業スマイルとは違い、自然とほころびたようなものだった。俺はちょっと嬉しくなった。
「――へえ。ちょっと誤解してたわ。あんたの事」
俺はその時、シャロと同じように笑っていた。そしてしばらくお互いの顔を見つめた後、シャロは視線を逸らした。
「……ごめんなさい。父が病気ってのは嘘。タイチがあまりにも真剣だったから嘘って言いづらかったの」
「だから嘘でもいいって言ってんじゃん!」
俺はやはり笑いながら答えた。
「ねえタイチ、敵を倒して帰ったらウェイバーに一泡吹かせてやらない?」
シャロはちょっとしたイタズラのような作戦を俺に提案してきた。
「よし。やろう!」
俺は正直面白そうだなと思ったので即オーケーした。
それから俺達は一本道を走って世界樹の元へ急いだ。もちろん今度はシャロに怒られないようにスピードは落とす。学習学習!
しかし魔物は全然現れなかった。シャロによると、
「町から世界樹もしくは境界へ通じる道は、モンスター除けの強力な装置が置かれ、ほとんど魔物とは遭遇しない」
とのこと、……なるほど、確かに最初に俺と香織がこっちに来たときも魔物は全然見なかったもんなー。
そうこうしている内に俺とシャロはヘルムの樹へとたどり着いた。
ヘルムの樹はやはりバカでかく、群馬の小屋につながる境界の世界樹とそっくりだった。世界樹の周りは森を切り開いたように平地になっている。
木の根元にはしっかり黒い境界が開かれており、俺とシャロは辺りに境界から出てきた魔物、もしくは境界人がいないかキョロキョロと見回す。まだ姿は無いようだが……
俺とシャロは魔物や境界人が出てくるのを警戒して15メートルほど遠くから境界に目を凝らす。その境界もやはり黒い穴でしかなく、それがどこに繋がっているのかは分からなかった。
――その時、遠くから何かが近づいてくるような気配を感じた。
「タイチは境界を見てて。私は他を見回しとくわ」
シャロは的確に俺に指示を出す。さすがオルターの先輩らしく慣れてる感じだ。
「オッケー」
そう言って俺は境界を凝視した。するとハッキリとは聞き取れないが、誰かが会話する声が聞こえてきた。
「……」
「……」
男女のコンビのような声だ。
俺は境界を見ながらその声に聞き耳をたてていた。
「ふー、着いたぞい!」
「あ、あれは……。ウェイバーさんの言ってらした境界人の方でしょうか?」
俺の後ろで聞き覚えのない二人の話し声が聞こえる。気になるが俺は境界を注視せねば……しかし気になる。
「王室の科学魔法班ね?私達も今到着したところよ」
シャロは早速コンタクトを取っているようだ。
「王室の情報によれば今のところ魔物一匹も出て来とらんらしい!なんだ、面白くない。ドラゴンでも出て来んかのぉ?」
声の主は男だ。しかもある程度年配の人の声に聞こえる。
後に続いて女の声が聞こえた。
「もー。クレメンスさん、ドラゴンなんか出てきたら仕事が大変になるじゃないですかー。ウェイバーさんが聞いたら怒りますよー」
シャロも輪に加わる。
「やっぱアイツ……ウェイバーって忙しいのね。あとでアイツのこと聞かせてよ」
いきなり二人と打ち解けたらしいシャロは再び俺に近寄ってきた。コミュ力たけーな……。
「見るのはもういいわよ。あとはあの二人が観察するでしょ」
そう言われて俺は監視役をあの二人と交代するとともに彼らの姿を見た。
男の方はずんぐりとした体型の老人っぽい男。魔法使いの割に血の気は多そうに見える。
魔道士っぽい服……王室?だからか胸部には十字架のマークがあった。
女の方は青髪の可愛らしい女の子といった感じで若く、エノキと同じぐらいの歳か?おそらく10代ぐらいに見える。あと巨乳!でかい。うおおおお!!
胸部には男と同じく十字のマークがあったがおっぱいに押され変形して見える。いいぞ。素晴らしい!
それと顔立ちが香織にちょっと似ている気がした。
二人共俺がいた場所の近くから境界を見ている。
ここで俺はちょっと気になったことを聞いてみた。
「なあ、なんで境界から誰も出て来てないって知ってんの?」
そう言うと女の方が何か言いかけたが、声のでかい男に遮られた。
「おう!あとで話すからちょっと待っとけ。1時間ほど俺達は境界を見とかなきゃならん。お前たちも一応後ろから気にかけといてくれ。もし境界から出てきたのが魔物だったら皆で攻撃。境界人だったら――」
「境界人だったら?」
「俺達は逃げる!」
「おい!」
俺は思わず突っ込んだ。
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