第22話 引き出し限度額は20万円?
「え?何が……?」
俺はシャロの言ってる意味がよく分からなかった。
横からウェイバーが助言する。
「魔法を主体に戦うタイプか物理攻撃派かどっちか?――って意味だ」
「ああ、それなら多分物理じゃね?俺まだ魔法使えねーもん。魔法具買ったらどうなるか分からんけど」
そう、魔法にも興味はあったので俺は魔法具が買えれば試すつもりでいたのだ。
「いや、どっちでもないだろタイチよ。お前にはあの光の能力がある、アレを中心に戦いを組み立てるのが良いんじゃないか?」
ウェイバーが掌を上に向け、光の輪を出すマネをした。
その瞬間、さっきまでニコニコしていたシャロの顔つきが一気に鋭くなった。
「え……も、もしかしてあなた光の剣士?」
「残念!剣じゃない、輪っかだ」
俺はその場に家庭用蛍光灯ぐらいの輪を5つ出し、右手と左手の間に等間隔にその輪を浮遊させた。
「凄い……!光の能力って初めて見た……」
何かちょっと感動しているようにも見える。ウェイバーの時と同じような反応だな。
……ってゆーかそれはいい。換金だよ換金!
「なあ、能力は置いといて一旦換金させてくんね?」
「ん、おお。そうだったな」
ウェイバーはカードを財布から取り出し俺に渡した。
「オルターではこのキャッシュカードで取引しろ。円でもリルでも貯金できる。ただし引き出し上限は一日20万円までな」
「20万!?……別に贅沢する気は無いけど、なんか少なくねーか?」
ちょっと困った様な顔をしてウェイバーは説明した。
「以前、ある境界人が大金をおろした後、自分の国の口座に入金したら即税務署に突っ込まれた。そして金の出どころを問いただされ非常に面倒なことになったんだ。太一にはこの辺の話はピンとこないかも知れねーが、とにかく面倒なんだ」
「あー、まあそういうもんかー。でも現代の口座に入金するんじゃなくて現金のまま家の金庫にでも入れときゃいいじゃん?」
「はっ、中にはそれで慎ましく生活できるやつもいるかもしれんな。しかしなんだかんだ収入に見合わん高級車やら家やら買っちまってバレる。だから一日20万だ。毎日おろせば月収600万!十分だろ?」
……まあそうだな。今まで俺の最高月収が手取り18万だから……おお!毎日が給料日じゃん!うっひょおおお!!
そう考えたら急にテンションが上がった。
俺はウェイバーが「あっちだ」と指し示したカウンターに向かった。受付には女性が一人だけで対応しているようだった。この人も当然境界人なんだろうな。
「これ、換金したいんだけど――」
と言ってオルター用財布からコインを全て受け皿に放出した。
受付のお姉さんは、受け皿の隣に置いてあったカードの読み取り機を指差して言った。
「じゃあこれ。カード入れてね。……ん、あなたこの銀行初めて?――じゃあまず暗証番号登録してちょうだい」
銀行の受付とは思えないラフな指示の仕方に俺はちょっと吹き出した。
俺が暗証番号を登録すると、その読み取り機の上部パネルに「272500リル」と表示された。
「通貨はどうする?」
お姉さんが聞いてくる。俺はすぐ「円」と答えた。
するとさっきの「0リル」の下に「0円」と追加で表示された。
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「272500リル」
「0円」
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お姉さんは続けて説明してくれた。
「すでにご存知だと思うけど、情報漏洩防止の為ここの銀行には紙の通帳もネット通帳もないから残高は全部頭で記憶してねー、よろしく!」
そのときなぜかこのお姉さんは笑顔でカニの様に両手にピースサインという謎ポーズをしていた。
「なにそのポーズ?」
俺はとりあえず突っ込んだ。
「え?カニだけど?……カニ。知らない?」
お姉さんは真顔でそう答えた。うん、もういいや。
「じゃあとりあえず現金20万円引き出したいから――、一旦20万リルを円にして」
「ほいほい、じゃあ20万リルを円に両替で140万円でーす。ここから……20万お引き出しでいいのね?」
お姉さんは軽いノリで受け答えをする。
「うん、それでいいよ。……あと残りのリルから25000リルだけ財布に入れとく用に引き出して、残りは預けとく」
「はーい了解!」
そう言うとお姉さんは25000リルだけ受け皿に残し、奥の部屋に入っていき20万円を持ってカウンターに帰ってきた。
その時点でカード読み取り機のパネルはこの様に変わっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「47500リル」
「1200000円」
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俺はこの120万円という金額を見て自然と顔がニヤつくのを感じた。ふふふ、すぐに引き出せないとはいえ俺の過去最高の貯金額だ。やったぜ!
俺はオルター用財布に25000リル、通常の財布に20万円を入れ、ウェイバー達の元へ帰ってきた。
「どうだ?アイツ変わってるだろ?」
受付のお姉さんのことだな。
「なんか……すごい独特な感じの人だったなー」
俺は素直にそう答えた。隣でシャロが苦笑してつぶやく。
「私はちょっと苦手だわ――」
――そのときウェイバーの顔つきと雰囲気が変わった!
「お!通信だ」
そう言ってシャロと俺からちょっと離れるウェイバー。
「……おう。……分かった。……いや必要ないちょうど良かった……」
何やら誰かと話しているようだがもちろんスマホの通話ではない。
おそらく科学魔法で頭の中で誰かと会話してるに違いない。
ウェイバーは俺達を振り返り笑顔でこう言った。
「タイチ、シャロ。仕事だ!」
「え!?」
二人同時に驚く。
「ここの施設を出ると辺りは森だ。それをぐるっと見回すとバカでかい一本の樹が見える。そこの根本に境界が開いたらしい」
シャロは驚きの声を上げる。
「え!それって魔王の宮殿に一番近いヘルムの樹じゃないの!?何?私達に行けっての?」
「その通りだ。正直そこから出てくるのが魔物か境界人か今のとこ分からんが……過去の確率上95%は魔物だ。全力で殺せ!境界人なら『観察』して安全であればこちらの戦力に引き込め!」
ウェイバーは今まで見せたこともないような険しい顔付きで俺達に指示を出した。
――ってちょっと待てよ!?これじゃエノキのやってた仕事内容と一緒じゃね―か。え……だ、大丈夫なのか?
いきなりの任務で戸惑う俺と何か考えているようなポーズをとるシャロ。
そんな二人を見てやや苛立ったようにウェイバーは言った。
「今、王室の科学魔法士二人が現場に向かってる。四人なら大概の魔物なら倒せるはずだ。行けっ!」
ウェイバーの真に迫った表情に思わず返事をする。
「お、おう!」
「待ってタイチ。報酬聞いとかなきゃダメじゃない!」
シャロに横から注意される。何か今のセリフ香織みたいだ。
「報酬は80万リル。一人頭40万リルだ。任務終了後にすぐ振り込んでやる」
ウェイバーは厳しい表情のままそう答えた。
「わかったわ。行きましょタイチ。こっちよ」
シャロは俺をチラッと見て建物の外へと走リ出した。
俺もシャロの後について行くように走り出した。
――俺とシャロは商店街みたいな場所をかなりの速さでずっと走っているが、一向にそこから出られる気配がない。天井は相変わらずドームの様になっている。
「なあシャロ。この施設デカ過ぎね?」
俺は走りながらシャロに尋ねた。
「――ねえタイチ、アイツどう思う?」
シャロは俺の問いを軽くスルーしてそう聞いてきた。というかシャロの顔が険しい。俺と最初に会った時のニコニコした顔はどこ行った?怖いんだが……。
「アイツって……ウェイバーのことか?」
「そうよ、ヤバいと思わない?」
「何が?」
「私もアイツに言われて境界警備隊の仕事手伝うことになったんだけどさ。なんか上手いことハメられた感がすんのよね」
「ん?どいういう事だ?」
「アイツさっき言ってたでしょ?税務署がどうとかで一日ちょっとずつしか現金を引き出せないって。私も1日2000ドルしか現金化出来ないって言われたわ」
「ああ、やっぱアメリカでもそうなんだな」
「でも、あんなのはただの口実よ。アイツにとってマズイのは、こっちで稼いだリルを全部母国の現金に両替されること!だってその後オルターに来てくれなくなるかも知れないでしょ?」
「おー、……そう言われればそうかも。ウェイバーただでさえ人手不足とか言ってたし」
「だから、アイツの依頼を受けて報酬を得てオルターバンクの預金残高が大きくなればなるほどオルターに来なきゃならない期間が増えるってこと。そして強い境界人ほどそうなっていくのよ!」
――あーシャロの言ってることはその通りだと思った。……でもなんかシャロの焦ったような言い方がちょっと引っかかった。
「なあシャロ。シャロはオルターとは縁を切りたいのか?」
シャロは悩ましげな顔をして答えた。
「……別に、そういうわけじゃないけど」
それに対し、俺は真顔で自分の感想を述べた。
「俺は今んとこ日本よりオルターにいる方が楽しいんだけどさ。それにこの冒険者みたいな仕事、俺は結構好きだったりするんだ」
それを聞いて、シャロはちょっと俯いてつぶやくように言った。
「父がガンなの……。入院するとアメリカの医療費ってバカ高いのよね」
俺はその言葉を聞いてハッとした。
そしてシャロの両肩を掴み、顔を正面から見据え大きい声でこういった。
「シャロ、ウェイバーは俺が必ず説得する。金も引き出させる。だから心配すんな!」
「えっ……タイチ……」
――シャロは困惑したような表情をしていた。
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