第20話 ペロド村の虐殺事件(1988年)

 

 とうとう今日は待ちに待ったウェイバーとの約束の日だ。


 朝起きると俺はハンターカブに乗り、いつもの小屋に向かった。



 今日は香織がいないことに若干寂しさを感じつつも、いよいよ日本円で大金が手に入るという高揚感に包まれワクワクしていた。



 物置小屋に着きクローゼットを開け、オルターに転移すると俺はバロルへ向かって一目散に走り出した。




 ――しばらく走って気付いたのだが、オルターに初めて来たときより大分速く走れるようになっている!


 おそらく、体感でだが今日乗ってきたハンターカブと同じぐらい――時速にすると60キロぐらいの速さだと感じた。


 香織には悪いけどこれなら『強風』必要ないな……。



 しばらくするとバロルに到着した。しかし俺はウェイバーが指定した場所には行かず、先に武器屋に行くことにした。


 武器屋に入って剣やら槍やらを眺めているとなんだかワクワクしてくる。そして、それはあった。


「おおっ!これだーー!」


 俺がピンときたものはもちろん鉄パイプで名前は『真鉄しんてつ』というらしい。お値段500リル!前買ったヤツの倍以上だ。


「おお!兄ちゃん……その鉄パイプ気に入ったか?」


 店長っぽいマッチョなおっさんが話しかけてきた。


 俺も色んな武器に囲まれたこの店の雰囲気にテンションが上っていたので、笑顔になって返す。


「うん!コレめっちゃいい……一目惚れした!」


「うははは。それは王都の一流の鍛冶職人が錬成したもんだ。量産型の鉄パイプとはわけが違う!衝撃に強く、曲がりにくい。そして錆びにくい!」


 なるほど、……ってか鉄パイプって錬成するもんなの?


「しかし珍しいな―。若いやつは皆ほとんど剣。それか槍を選ぶもんだが――」


 ここで俺は自分の意見を話してみた。


「剣もいいけど刃があるから鞘がいるし持ち運びが面倒い。それに何かと使ってたら刃こぼれもするし手入れが大変かなって」


「おおー、しっかり分析してんなー。理にかなっとる!しかしどうしても倒せない敵と戦うときは予備に剣を買っておくといい。やっぱり攻撃力が全然違うからな!」


 ははっ、商売上手いおっさんだなー。そう思って苦笑いした。


「そんときゃまた来るわ!」


 そう言って俺は武器屋を出た。


「おう!ウチは年中無休だからいつでも来いよ」


 後ろから元気な声がした。ああいう人は嫌いじゃないんだ、悪意がないっていうのかな。


 俺は辞めた職場のパワー系クソ上司を思い出していた。似て非なる存在とはこのことか……。



 俺はそれから、ウェイバーにもらった紙を見ながら指定の場所に向かった。


 ――で、辿り着いたところは冒険者ギルドから2~30メートル程離れた何屋でもない普通の家だった。


 窓はあったが外からは暗くて中が見えない。俺が家に入るべきか考えていると後ろから声がした。



「おう。来たか太一!」


 振り向くとそこにはあのときと全く同じ格好のウェイバーがいた。


 黒のタンクトップにベージュのズボンというシンプルな服装だ。やはり筋肉質で強そうな雰囲気はそのままだった。


 俺は二カッと笑い、即言った。


「おっすウェイバー。早速換金所に案内してくれ!」


「い、いきなりだな……」


 ちょっと引きつった表情のウェイバーだったが、ここで変わった質問をしてきた。


「なあ太一、お前足は速い方か?」


 お、125ccのバイク並みの速さで走れる俺にそれを聞くかね?


「こっちの世界じゃまあまあ速いぜ?」


 俺はやや控えめに言ったつもりだった。



 するとウェイバーは町の外れの方を指差して言った。


「この道を5キロほど真っ直ぐ行くと、そこにペロド村という廃村がある。町を出たらそこまで俺と競争しようか?どっちが速くたどり着くか!」


 お、なんか面白いこと言ってくるじゃん!これは受けて立たねばなるまい。


「いいぜ!ちょうど体動かしたかったしな。よっ」


 俺はその場でかるーく小刻みに飛び跳ねてウェイバーに準備万端の意思を伝えた。


 ウェイバーも軽く笑って答える。


「よーし、じゃ行くか。ただ全力で走るのは道に出てからな、町中では目立つからな」


「おーけー」


 ……と言った具合で俺達はバロルの端っこまでジョギングし、道に入った瞬間ダッシュした!



 ゴオォォォォー――。



 体にかかる風圧が凄まじかった。


 俺のちょうど真横にウェイバーが走っている。表情はかなり余裕があるように見える。



「くっ……!」



 俺は思った――多分これ勝てねーわ……。


 俺はほぼ全力で走っているのにアイツはそうじゃない。


 ウェイバーは俺を抜き去りそのまま真っすぐ走っていった。くっそーー!



 ――10分ぐらい走って俺はウェイバーの言っていたペロド村に着いた。


「はあっ……はあっ……あー、負けたーー!あんた速えな……」


 俺は息を切らしながら先に着いていたウェイバーに潔く敗北を宣言した。


 だがウェイバーは感心したような驚いたような表情で言う。


「……いや、お前まだオルターに来て一週間程だろ?それでそれだけ走れるのはかなり凄いぞ……」


 あ、そうか。ウェイバーは三年前からこっちに来てたのか。そりゃーレベル差あるかー。


 などと思いちょっと安心した。そして同時に戦闘能力も相当高いことが伺えた。



「ウェイバーってめっちゃ強いんじゃね?境界人の中でもさ」


「ま、そこそこな……」



 そう言うとウェイバーは深刻そうな顔をしてちょっとうつむいた。そしてこうも言った。


「太一よ、ちょっとこの村見てきてみろ。多分驚くぞ」


 ん?なんだろう?俺は辺りを見回すと違和感に気付いた。


 この村の家屋や人工物等は不自然なほど破壊されていたのだ。まるで戦争の後みたいに。



 そのまま俺はふらっと村の中を見て回った。すると俺の目に恐ろしいものが飛び込んできた!


 それは、かなり昔に死んだとみられる村人の人骨だった!!



 そこだけでなく、村の色んな所に骨が落ちている。動物の骨でなく全部人のものだ。


「え!?怖っ……なんだこの村……」


 俺は恐怖にかられながらも探索を続けた。そこで一番驚いたのはとある民家の中だ。


 そこには手、足、頭、胴体……とそれぞれ種類分けされた大量の人骨がきっちり規則正しく並べられていた。



「な、何だコレ!?」



 俺はちょっと気分が悪くなった。


 そして顔をしかめたままウェイバーの元に戻り今見たものを報告した。


「なあ、何なのコレ?……戦争?モンスターの襲撃?」


「違う、これはある境界人一人がやった猟奇殺人だ。今から35年ほど前――、西暦でいうと1988年に起こった事件らしい」


「え……?」


「当時は境界人に恐ろしいイメージが無かったらしく、オルターの人々は誰も警戒していなかった。そいつは境界からオルターに来ると最初にたどり着いたこのペロド村で村人たちを楽しんで殺しまくったようだ」


「こ、殺しまくるって……一体何のために?」


 俺達の常識では、人を殺すのにはそれなりの理由があるもんだ。誰かに攻撃されるから自衛のために――とか。


 ウェイバーは説明を続けた。


「……この村の人間ではないが一部始終を目撃していた人がいてな。その人の話だとその男は笑い声を上げながら一人一人素手で殺して回ったようだ。その様子はどう見ても楽しんでいるようにしか見えなかった――との事だ」


 あー、頭のネジの飛んだ奴だったのか……。


「普通に殺すのに飽きたのかソイツは逃げまどい泣き叫ぶ村人を捕まえ手や足を生きたままもぎ取り、目をくり抜き、最後に首を切って各部位ごとにあの民家に並べて鑑賞していた……完全な狂人だったそうだ」


「うげっ……」


 吐き気のするような話だ。俺はその境界人が村人を惨殺するシーンを頭の中に想い描き、とても嫌な気分になった。


 しかしその時、ふと一つの疑問が湧いた。



「いやでも……オルターには魔法使いがいるだろ?この村にはいなかったのか?」


「3人ほどいた。だがよりによって奴は太一と同じ光の能力者だった」


「え!ひ、光の……!?」



「ああ、奴の能力は『光の槍』で、それは一瞬で遠くまで伸ばせるものだったらしい……それで魔法使い達は呪文の詠唱中に皆串刺しにされ殺されていった……。最終的にその男は死体のパーツを並べたその民家の中でスヤスヤ寝ていたところを派遣された王室騎士団によって処刑された」




 ――それを聞いて、俺の頭にはエノキを光輪で拘束したあの場面が思い起こされていた。


 ……その殺人者も俺と同じ光の能力者だったのか……。


 俺はなんだか微妙な気分になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る