第19話 2つ目の小屋とチャンネルの成長
――朝になった。時計を見ると6時半か、早めに出発しよう。
親は二人共まだ寝ているようだ。……待ってろよ、その内100万円ぐらい持ってきてやるからな!俺は心の中でそう唱えた。
納豆ごはんに味噌汁という定番の朝飯を食って家を出る。
「寒っ……!」
季節は4月後半だが朝はまだ寒いな。かといって厚着すると昼間は暑い。
オルターもほとんど同じような気候だ、あっちの世界――魔法以外はほとんど地球とそっくりなんだよな。
俺は家に置いてある愛車、ハンターカブのエンジンをかけ、乗り出した。もちろん行き先は境界のある小屋だ。
軽トラだと入れなかった山道だがコイツなら余裕で走破出来るぜ!
「ヒャッハー!」
俺はそこからカブを走らせいつもの小屋にたどり着いた。
外から見ただけだと、ここに異世界への入口があるとは誰も思わないだろう。まあウェイバーの話じゃ俺と香織にしか見えないようだけど……。
小屋に入ってクローゼットを開けるとしっかり『境界』があった。俺はウェイバーの言っていたことを思い出す。
『境界には入ろうと思わなければ入れない』
あちらの世界のことは意識せず、小学生が前に習えをするようにただ手を穴の位置に持っていく……。
そうすると確かに俺の手は黒い穴を貫通したが、俺自身はしっかりこの小屋にいる。
「本当だった……」
それから俺はバロルの町を思い浮かべた、――その瞬間、俺の体は向こう側へと転送されていた!
「ははっ、なるほど……科学魔法って凄いな!」
高度な技術に感心しながらも境界周辺を見渡すと、以前作っておいた木材がそのまま放置されてあった。
俺は以前やった光の輪を使ったやり方で、小屋作りに必要な木材を十分すぎるぐらい作った。
光の輪で加工したので体力的にかなり楽が出来た気がするが、集中力がいるのでそこまで楽じゃなかった。
頭の中でずっとパズルを組み立て続けるように神経を使うのだ。これだと睡眠不足や筋肉痛みたいな悪条件下だとかなり厳しいだろうなー。
次はこれらの木材を光の輪で縛り、境界へゆっくりと運んでいく。
それらの木材は境界の黒い穴に飲み込まれ、群馬の小屋へと転送された――ん!?今転送した木材……小屋と衝突してないだろうな?
一瞬不安になったがどうやら俺の心配は杞憂だったようだ。
クローゼットの正面に小屋の出入り口があったおかげで木材は小屋と衝突せず無事に転送出来ていた。
良かった。でも香織がいてくれたら向こうで方向転換とかしてくれてもっと楽だっただろうなー。
……とか考えている内にだんだん香織がいないことに寂しさを感じてきた。香織の笑顔や声を思い浮かべると無性に恋しくなってきた。
一緒にいるときはそういう感覚にはならなかったのに……。俺はふと自分の心が冷たくなっていくのを感じ取ってしまった。
あー、最近いつも何人かで行動してたからかなー……完全に一人なのはなんか虚しいなー。
そう、ニートになってからは当たり前のように感じていた「孤独」が今は少し怖い。
これは良いことなんだろうか?
俺は答えのない疑問をしばらく考えた後「いやいや作業しねーと!」と思い直した。
その後、その他の木材を全て小屋に転送させることに成功し、それらを小屋の横にまとめて置き雨よけに上からビニールシートを被せておいた。
他に必要な材料は明日また買いに行こう。
「はあぁーーー……」
しかし疲れた……。
まだ時刻は昼の11時ぐらいだったが疲労感がもの凄かった。
体力はかなりある方だけど、あの光輪を連続して使うのは結構大変で気付くとフラフラになっていた。
俺は小屋の中で倒れるように横になりスマホをぼんやりと眺めていると香織からメッセージが来ているのが見えた。
「調子はどう太一?明日は私小屋に行けるから撮影手伝うね!」
疲れが吹っ飛んだ……フハハハ、俺は単純な性格なんだぜ!早速返信をする。
「おっす。今日は材料を加工して大分疲れた。撮影助かる!他の材料も手配しとく」
よーし、なんかやる気が出てきた。明日に向けて材料調達に行こう!
俺はまた愛車のハンターカブに乗り、ホームセンターへと駆け出した。
――そして翌日、俺は香織と一緒に軽トラで小屋までやってきた。
「今回小屋作り二回目だから多分作業が早いぞー」
俺は香織に嬉しそうな顔でそう宣言した。
「うん、ただその前に小屋をもう一つ作る事を説明しないとね。視聴者を意識しとかないとダメだから」
香織は嬉しそうに助言してくれる。笑顔が眩しい。
「じゃあ撮ろう」
そう言うと香織は自分のスマホを俺に向けた。よし。
「どうもーこんにちは。以前作ったこの小屋なんですけども、ちょっと日当たりが悪くて――」
――と、その時クローゼットが「キィ……」と音を立てて開いた!
俺は瞬間的にそちらを見た。
「げっ!」
俺と香織は同時に声をあげる。
しかし何かが出てくる事はなかった。単に建て付けが悪いだけだった。
「あーびっくりしたー……」
香織は胸に手を当てて驚いている。
ここで俺はウェイバーの言っていたことを思い出した。
『写真や動画の場合はしっかり黒い穴として写り込むからそれだけは注意しろ』
なあちょっと香織今の動画消さないで見せてくれ。
香織は「え?今のを?」と不思議そうにしている。
確かめてみた所やはりしっかり黒い穴が映っている。あかん、この動画はボツだ。
「香織、この前電話で言ったかも知れないけど、境界って俺達以外には見えないし転移もしないらしいんだ」
「え……そうなの!?初耳だけど?」
どうやら電話で話してなかったようだ。ならばこれも知るまい。
「あと俺達が『あっちへ行こう』と思わなければ転移もしないんだ」
俺はその証拠に目を閉じてクローゼットの中の境界に手をのばす。しかし俺は以前試した通り転移しなかった。
「へえー!そうだったんだ……じゃあクローゼットに穴開ける必要なかったんじゃない?」
香織も俺と同じことを考えたようだ。まあもう遅いけどな。
俺は今度はもう途中で開かないようにしっかり扉を閉めておいた。
「よし、じゃあ気を取り直して撮影すっか!」
「おっけー!」
――と言う感じで俺達は小屋作り撮影を再開した。
二度目の小屋作りなのでやはり俺の作業速度は早かった。
今回は前回と違い、小屋の側面を一本一本組むのでなく4隅の壁をあらかじめ作っておいてから一気に立てて壁として組み立てるという見栄えのするやり方にした。
そして注文しておいた資材も早めに届いたので、ウェイバーの言っていた日曜日の前日に住居用の小屋が完成した!
「おおー!出来た―」
前回の反省を生かし窓を大きく取ったことで中も明るい!これは棲家としても十分な出来だ。
「めっちゃいいじゃん!私も住んでみたい」
香織も喜んでいる。お疲れだぜ!
俺は香織に聞いてみた。
「この一週間で動画のストック3~4本できるんじゃね?」
「うん、だいたいそれぐらい。編集頑張らないとねー!」
そういや今俺達のチャンネルどうなってんだろ?俺はスマホの分析アプリでチャンネル状況を確認してみた。
動画数3本。チャンネル登録者43人。再生数は――最初の動画から511回、320回、1624回。
「まだまだ登録者1000人には遠いなー」
俺はため息をついた。
「でも動画3つで登録者40人は悪くないと思うよ。最初が一番伸びにくいらしいから。前も言ったけど継続が大事だからね」
香織はやたらと前向きな意見だ。素晴らしい。
「ってゆーか太一、明日その……ウェイバーさんと会う日でしょ?」
香織はしっかりその事を覚えていたようだ。
「ああ、お前も来れればよかったのに……」
そう、なんか明日はまたも香織に予定があって行けないらしい。
「いや、まあ普通の人生を送ってるやつはそんなもんだろう。常に暇な俺がおかしいんだ……フーッ」
俺は自嘲気味に笑ったが香織とともに新しい小屋を完成させることが出来たことで心は満たされていた。
そしてこのとき、俺はオルターで出会ったエノキやミシェルのこと、それから――換金して手に入る現金のことで頭がいっぱいだった。
明日が楽しみだ!
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