第17話 ウェイバーと科学魔法
――「ね、ちょっとアレ試していい?風魔法で速く走るやつ」
バロルから境界までの道筋で、香織は思い出したように提案した。
「おー、あの風で押してもらう技か!やってくれ」
早速買った風魔法が役に立ちそうだ。高い金払って良かったぜ!
香織が呪文を唱えると例の『強風』が吹きだした。
ビュオオオオオー――。
辺りに砂埃が舞う。と同時に俺達の体は後ろから力強く押されるように前に進みだした。
「おお!いいなこれ。普通に走るより大分速いぞ!しかもめっちゃ楽だ」
しかし香織は満足していないようだった。
「いやーでもなんか違うなー、ただ風の中を走ってるだけっていうか……エノキはもっと速く走ってたし、風の力も無駄がなかったもん」
なるほど、まあアイツは天才だし、さっき魔法習得したばかりの香織とは比べものにならないだろう。
――俺達は香織の『強風』の中、かなり楽に境界までたどり着くことが出来た。
辺りはやや薄暗くなっている。スマホを見ると時刻は17時30分だった。
こっちの世界の時間は俺達の地球の日本(さらに言うと群馬)とほとんどリンクしているみたいだ。
これはいいな、時間が分かりやすい。
俺達は境界をまたぎ、あのクローゼットから小屋に帰ってきた。木の匂いがいい感じだ。
「ふー、魔法お疲れさん」
俺はずっと魔法を使っていた香織をねぎらった。
「うん。結構しんどいねー」
そういうと香織は小屋の壁にもたれかかってそのまま座り込んだ。ちなみに残念ながら服はもう着替えている。いやー、ホントに残念……。
俺は小屋の床に寝っ転がりながらスマホで
金……9350円/グラム
プラチナ……5025円/グラム
パラジウム……6556円/グラム
銀……111円/グラム
「へー、ホントに1グラムあたり9000円超えてんな―。あと金以外にパラジウムってのも高んだな……」
その下の金価格の2017年からの推移グラフも見てみたところ、今が過去一で高い!もしかして今って売り時?
俺はポケットから10万リルコインを取り出そうとして気付いた。
「異世界用の財布がもう一つ必要だな」
取り出した10万リルコインは確かに金色をしている、
「このコインにどれだけ金が含まれてるんだろな……」
「金って売ると税金かかるよ」
不意に香織からこう言われハッとする。ちなみに香織は俺と同じように床に横たわっている。
「年間50万円までは特別控除で非課税。それ以上は課税対象になるわ」
特別控除?……確定申告とかしたことない俺にはピンと来なかった。
「……つまり一年で50万円以上金を売らない方がいいってことか?」
「んーまあそうね。節税したけりゃ毎年50万ずつ売るのが正解だと思うよ」
ということは俺は……。
「ね、年収50万!?」
そのショックから俺は情けない引きつった笑顔になった。
香織も「うそっ私の年収、低すぎ…?」などと馬鹿にしてくる。懐かしいネタだがそれに反応する余裕はない。
「い、今はアレだけど絶対大金を稼いでやる。あの異世界を通じてな!」
香織はそんな宣言をする俺を横になりながら笑顔で見つめている。
そして帰宅の準備をするため、横たわっている香織を後ろから引き起こした。
「よし、立て香織。帰るぞー」
「うーん。太一、私眠くなってきたかもー……」
香織はちょっとわざとらしく俺に倒れかかってくる。ドキドキ。
硬派を気取った俺は香織を米俵のように担ぎ上げ小屋を出て軽トラに向かった。香織の柔らかい身体の感触を堪能し俺の下半身は硬化していった。お手本のような童貞である。
「ええー!そこはお姫様抱っこでしょー?ちょっとー!?」パシ!パシ!
なんか背中を叩いてくる香織。
「そんなサービスはないぜ」
うわー勿体ない!もっと香織に触れられる折角のチャンスを……俺の馬鹿野郎。
などと後悔しつつ香織を助手席に乗せ、エンジンをかけた。
――香織の自宅に向かって運転中、香織は思い出したように話した。
「あ!私、明日は出なきゃいけない授業あるから大学行かなきゃ……」
「分かった。俺は明日、持って帰ってきた異世界コインを分析してもらいに行くわ。なんか貴金属の成分を分析してくれる『蛍光X線分析』とかいうのをやってくれる所があるらしいんだ」
「け、蛍光X線分析……!?う、うん、分かった」
香織は興味津々で一緒に行きたがっているように見えた。俺も来てほしかったけどしゃーない。
香織を家まで送った後、俺は歩いて実家に帰った。
そして俺はとある男(重要人物)と遭遇してしまうのだった――。
――そいつは家の玄関の前にいた。
しかも普通に立っていたのではなく、逆立ちで筋トレのような動きをしていた。
普通に凄いけどなぜ人んちの玄関前で!?頭おかしくない……?
「よう、待っていたぞ!」
どうやら笑顔のその男に歓迎されているようだが、俺は特に嬉しくない。
その男は身長の割にバネのような柔らかい身のこなしで、逆立ちからクルッと180°回転し一気に直立した!
俺より20センチほど背の高いこの男はブルース・リーのような鍛え上げられた体をしていた。歳は30歳前後ぐらいに見えた。
「俺のことは知らないだろう?」
「全く知らん」
「フッ……俺はお前を知っているぞ――境界人、佐々木太一」
「きょ、境界……!?」
思わず焦って俺はつぶやいた。コイツ異世界人か?いや、どうだろう……。
そして男は続けて言う。
「異世界の話はここでするべきじゃねーよな」
その男は親指で近くの公園を指し、俺を誘導した。
「あそこで話すか」
色々頭が混乱したが、境界について知っていそうなこの男に興味が湧いてきていた。あと不思議なことに、この男からはなんとなく悪い人間という雰囲気がしなかった。まあ完全に勘だけど……。
「一応聞いておくけどお前……敵じゃないよな?」
意味のある質問とは思えないが念のため聞いておく。異世界の警察が俺を逮捕しに来たとかは勘弁だぜ。
「ん?心配か?そうだろうなーでも安心しろ、おそらくは味方だ!はっはっはー」
男は笑ってそう言う。その言葉に気休め程度だがほんの少しだけ安心した。
――公園に着いたとき辺りはもう夜になっていた。まあ人目につきにくいのは好都合だが。
俺達はベンチに座ると早速男が話し始めた。
「俺の名はウェイバー。実は俺も境界人――まあ要は普通の地球人だ」
「……なんだ、あっちの人間じゃないんだ……」
まあタンクトップにジーパンという服装的にあっちの人間じゃないのは明らかだったが。
「ああ、向こうに初めて行ったのは3年ほど前だ。ちなみにあっちの世界は俺達境界人の間では『オルター』と呼ばれている」
「オルター……へえ」
英語詳しくないけど異世界の『異』ってとこか?
ここでさっきから思っていた疑問をぶつける。
「ウェイバー?だっけ……なんで俺の事しってんの?」
「おう!それな。言っとくがストーカーとかじゃないぜ?フフ、そういう人の情報を読み取る新技術……科学魔法ってのがあるんだ」
「科学魔法?」
何かかっこいい……。
「科学魔法は俺達境界人がオルターの魔法使い達と共同で作り上げた比較的新しい魔法だそうだ。科学魔法の特徴は二つあって一つは『魔法の精密制御』もう一つは『相手の脳に働きかける』ってやつだ。どうだ、怖えだろ?」
「……後者が特にヤバそうだな」
ウェイバーは説明を続けた。
「お前が使っているオルターへの出入り口――つまり境界。アレにも後付だが科学魔法が使われている。境界に近づいた者はその科学魔法によってまず脳にアクセスを受ける。そしてその脳が境界に入ろうとしているかどうかで実際境界に入れるかどうかが決定する。やってみれば分かるが境界には入ろうと思わなければ入れない……すり抜けるんだ!今度試してみろ」
「え?マジ!?」
なんか新発見……。
「ああ、そして境界は最初に入ってきたお前のような特・定・の・人・間・を認証し、その人間が意識して穴に入ろうと思ったときにだけ転移する、境界がお前の意志を読み取ってな。それと、その人間が転移させようと思ったモノも転移させられる。服やらカバン、武器なんかも一緒に転移しただろ?」
……なんてこった。クローゼットに穴まで開けて慎重に設置したのに……普通に置くだけで良かったのか!
「それと、境界はその特定の人間にしか見えないし、存在を認識出来ない。そういうふうに周囲の人間の『脳』に働きかけ誤認させているワケだ。『ハイド』っていう科学魔法の一種なんだがな」
「そうだったのか!うあー、なんか俺、今までいらん心配してたわー」
いやホントに……別にあのままyoutube撮影できてたじゃねーか、くっそー。
「だけど気をつけろよ。写真や動画の場合はしっかり黒い穴として写り込むからそれだけは注意しろ!」
……前言撤回。撮影できません!はい。
「境界の話は分かった。俺のことを知っているのはその科学魔法を使ったからなんだろ?で、ウェイバーは俺の事どこまで知ってるんだ!?あと、いつ俺にそんな魔法使ったんだよ?」
俺はこのウェイバーに対して懐疑的な姿勢をみせ、周囲にちょっと緊張感が漂った。
「おっと!悪意があってお前の頭ん中を見たわけじゃねーぜ?これも必要な仕事だからな」
ウェイバーはすぐさま弁明した。しかしやっぱり脳内見られてたのか……。
そもそもコイツの目的ってなんだ?
「……ってゆーか、お前俺に何の用?」
ウェイバーの表情が一気にブワッと明るくなった!え、何?……。
「おう、そう!それだ!!太一よ、お前境界警備隊に入らないか?」
「断る!」
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