第16話 香織の才能と金(きん)1gの価値


「ありがとうございましたー」



 店員の声を背に俺達は店を出た。


 香織は購入した腕輪状の魔法具の使い方をエノキに教えてもらい、早速適性の有無を調べようとしていた。


 カチャッ。と魔法具を付けた瞬間香織はこう言った。


「わっ!なんか頭の中に映像が……情報がいっぱい入ってくる。『風』の魔法の原理とか詠唱とか全部……凄ーい!」


 へー。やっぱ高いだけあるな。


 そして香織の隣にいるエノキが初の魔法発動についてこう助言した。


「一番簡単なやつだけど『微風』ね、まず風が吹いてるのをイメージすんの。まあ魔法具が教えてくれたかも知れないけどさ。やってみ」


 なんかすっげー簡単そうだな……。


 香織が呪文のような言葉を詠唱した。詠唱と言ってもほとんど一瞬で「エイッ」みたいな感じで、それと同時に小さな円陣が香織の足元に出現した。



 ザワッ……ザザザッ……。



 木の枝や草が揺れ、周囲に心地よい風が吹いた。ん――気持ちいい、夏には重宝するかもな。


「……わー凄い!これが、魔法!?」


 香織は初めて使った魔法にいたく感動しているようだった。


「まあこれは魔法具使ってりゃ誰でもできるし――。じゃ、次のやつ『強風』!これは戦闘でも使えるし日常でも使える」


 エノキはさっさと次の魔法を教えだした。テンポ早っ。



「強風は私がゴブリンの矢をいなしたヤツだ」


 とミシェル。


 確かに実戦で使えるってはその通りだったな。


「やってみる!」


 ノリノリの表情で香織は答え、詠唱を始めた。今度はさっきの3倍ぐらいの詠唱時間で円陣もさっきより大きめだ。



 ビュオオオオオーーッ。



 今度はさっきと段違いに強い風、文字通り『強風』だな。


 砂埃を辺りに巻き上げつつ一方向にずっと強風が吹いている。木の枝は大きく歪み風の強さを物語っている。


 エノキは腕を横に出し魔法円陣を作って風をそらしているらしい。この強風の中エノキの服はほとんど動いていない。


 その横にミシェルも避難している。



「な…………?」


「う…も………な」



 エノキはミシェルと何やら会話しているようだ。ほとんど聞き取れないけど……っていうかもうよくねーか?


「おーい香織!ストップもういいだろ」


 俺はこう呼びかけたが、香織の方は集中しているらしく耳に入ってないらしい。仕方ない。


 俺は手で顔を風から守りつつ香織の横に立って言った。


「おい、パンツ見えてんぞ」


 その瞬間風はやみ、魔法円陣は消え去った。



 そして香織は恥ずかしそうに顔をしかめながらスカートを手で抑える。


「もー!……やだーこの服!」


「いいじゃん、魔法使いにピッタリだろ?」


 これは本当にそう思う。別にパンツが見たいわけではないのだ。



「おいカオリ、お前多分適性あるぞ!」


 そういったのはエノキだった、と同時に駆け寄ってくる。


 香織は目を輝かせエノキに答える。


「え?本当?なんでそう思うの?」


「カオリって魔法使ったの今日初めてだろ?それでこの強さの強風をこれだけ広範囲で出せるなら多分適性あるよ」


 へー、すっげー。


「良かったな香織!お前素質あるって。これで冒険が捗るな!」


 俺はこれからのモンスター討伐に向けて大幅に強化された戦力にテンションが上った!


「えへへ」


 ちょっと照れている香織。そして疑問を口にした。


「そういえば適性あるかどうかってどうやって見分けるの?」


 エノキは即答する。


「この上のレベル3の『竜巻』が使えたら適性アリ。でも使えたとしてもモンスター討伐以外で絶対に使うなよ!」


 後半のセリフは語気を強めて真剣な表情になっていた。



「え、う……うん。それは大丈夫だと思う」


 エノキは重ねて言った。


「魔法屋の兄ちゃんも言ってたけど魔法使って商売とか犯罪とか絶対駄目だからな!めちゃくちゃ面倒なことになるからさ、まあカオリなら心配いらないと思うけど」



 なんか本当にこの世界は魔法に対して制約が厳しいな。こんなファンタジックな世界なのに……。


「だ、大丈夫だよ。私商売とかするつもりないし、もちろん犯罪も。でも一つ聞いていい?」


「何?」


「この『強風』で自分の体を押して速く走る……前エノキがやってたようなのは大丈夫?」


「あー……。あれはまあ大丈夫だと思うけどな――でもアレ簡単に見えて結構難しいぞ?」


「大丈夫、エノキ先生に教えてもらうから!」


 香織はなぜかドヤ顔で拳を胸に当てて言った。


「じゃあ早速『竜巻』を――」


 と香織が言いったところでエノキは両手を横に広げて止める。


「あっ待て待て!こんな町中じゃマズイって。町外れに行こう、一応たまーにモンスターが出るから魔法協会にも目を付けられないハズ」


 そう言うとエノキは香織の前に背を向けて立ち、おんぶの姿勢で手招きをする。


「え?」


 と香織はよく分からないという顔をするが素直にエノキの背に乗る。



 エノキが軽く詠唱すると足元に直径5メートルほどの円陣ができた。そして辺りの空気がエノキの足元に向かって集まっていくのを見た。


 同時に俺は香織のスカートに注目するが全く微動だにしない。くそっなぜだ!?


 しばらくするとエノキの足が地面から離れそこから急上昇した!!



 フワッ……!!



 一瞬で二人の体は宙に舞い何処かへ飛んでいった。


「……はー」


 俺は口をあんぐりと開け二人の飛んでいった先を眺めていた。



 残されたミシェルは俺にこう言った。


「カオリはもしかしたら強力な魔法使いになるかもな」


「へー。俺からしたら頼もしいよ。さっきのゴブリン討伐も俺と魔法使えない香織とじゃ下手したら死んでたかもしれんし……」


 冷静に考えたらそうなんだ。ミシェルとたまたま尾行していたエノキがいたから助かったとしか思えない。普通にヤバいな……このままじゃ。



「今後は二人共かなり強力な冒険者コンビになるだろうな。まあ境界人ならそうならない方がおかしいか」


 ミシェルは俺達に称賛の言葉を送ってくれた。


「なあミシェル。考えたら境界人ってこの世界で結構有名になっててもいいと思うんだけど――Sランク冒険者とかさ」


「んー、それは私もそう思うが身近にはいないなー。タイチとカオリみたいに境界人だとバレるのを恐れて身を隠してるか。それともどこかに集まっているか――」




 ミシェルがそこまで言ったとき、遠くで竜巻が見えた。どうやら適性アリだったらしい。やったぜ!


 ミシェルも拍手を送りながら眺めている。



 ――しばらくすると前と同じ方法で二人が帰ってきた。


「おまたせーっ!」


 二人共顔が喜びに満ちている。


「適性ありだ!やったなカオリ」


 エノキはまるで自分の事のように香織の手を取り喜んでいた。



「ひゅーっ!ナイス。これで冒険が楽になるよ」


 俺は香織とハイタッチした。


「おめでとうカオリ!」


 ミシェルも笑顔で祝福する。


「ありがとー、これからもっと精進して強い魔法使いになるからよろしくね」


 香織は上を目指す気満々のようだ。いいぞいいぞ。



 そのとき俺は今何時だ?とふと思った。空は夕焼けに染まっている。



 ポケットからスマホを取り出し時間を確認する。圏外でもスマホ内蔵の時計は動くため、ほぼ日本時刻を示すことは確認済みだ。時刻は17時、そろそろ帰らねば。


「香織、今日は一旦帰ろうぜ。今もう5時だ」


「あ、もうそんな時間!?そうだね、帰ろっか」



 俺達はミシェルとエノキに一旦別れをつげる。


 ミシェルはちょっと残念そうにしていた。


「そうか、帰るか。こっちにはまた来るんだろ?私はバロルのギルドにいるからまた声をかけてくれ」


「絶対また来いよカオリ!ウチもギルドにはなるべく行くようにするからさ。――ついでにタイチも」


 俺はおまけか?……まあいいけど。


「じゃあまた――」


 手を振って二人と別れた。俺もまた会いたいと思った。この世界でスマホが使えたらなー、残念。




 ――その帰り道、俺は独り言のようにつぶやいた。


「しっかし今日は色々あったなー」


「ホントにねー、でも私今凄く充実してる。いい人達に出会えたし。普通じゃ出来ない経験も出来たし」


「まあなー、こんな事ってあるんだなー」


 俺は心地よい疲労感を感じながらのんびり笑った。




「ねえタイチ。今手元にいくら残ってる?」


 俺はポケットの中身を確認してみた。


「えーっと……27万と3000リルだな。今日一日でこれだけ稼げたってよく考えたらスゲーな」


「うん。で問題はコレをどうやって日本で現金化するかよね?」


 さっきより香織の目が鋭くなった。そうなんだいくら「リル」があっても「円」がなきゃ意味がない。



「ああ、それが結構難航しそうだ……このコインを質屋に持っていくわけにいかんしなー」


 俺がそう言って悩ましげにしていると、香織はこんな事を言ってきた。


「ねえ、今きん1グラムの値段知ってる?」


「さあー?3000円ぐらい?」


 俺は適当に答えた。



「9000円オーバーよ!」



「!」


 帰ってきんについて調べてみよう。俺はそう決意した。

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