第11話 ミシェルと境界人
――「あーもう、やだー……」
ギルドへ行く途中、香織はまだ文句を言っていた。個人的に普通に可愛いと思うが……。まあ20歳という年齢が恥ずかしさをより加速させていると思われる。
一方、俺は段々この鉄パイプが気に入ってきた。人目につかない場所で何度も素振りして感触を確かめる。うん、なかなか良い感じだ。
そうしている内に感じた事だが、この世界は全ての物が軽い!
現世なら重みのあるハズの鉄パイプも手首のスナップだけで軽々と振り回せる。まるでプラスチック製のおもちゃのバットみたいだ。
「ジャブより疾はええ……」
……とある漫画のセリフだがホントにそうなのだ。
そして試しに右手で全力で鉄パイプを握り込んでみると、なんと握った部分が指の形にめり込んでしまった!
「……やべー俺バケモンじゃん」
俺の頭には某ホラーゲームのラスボス第一形態が連想されていた。
それから俺達は冒険者ギルドに着いて中に入ると、そこには約10人程の人がいた。
おそらく格好からしてほとんどが冒険者だろう。奥の受付カウンターには受付嬢らしきお姉さんが2人いる。
1人はえらく豊満なボディーをしたお姉さんで、隣には中学生の様なちっこい娘が椅子にちょーんと座っている。
俺は吸い寄せられるように巨乳の姉さんのいる机の前に立っていた。そう、これが本能である。
「……」
――気のせいか隣の香織の目が鋭いような……。
「ようこそ。初心者の方ですか?」
俺の格好から判断したのだろう。上はTシャツ、下は作業ズボン、武器は鉄パイプ……まあそう思われてもしょうがないような格好だ。
「そっす。依頼を受けたいんだけど……、なるべく高額なやつがいいなー」
お姉さんはノートのようなものを取り出し、にっこり笑って指で示した。
「一番高額な依頼でしたらこちらの
「へーいいね。2000万リルかーよし受けまーす!」
「ではこちらにサインを――」
お姉さんがそう言って契約書らしきもの提示したとき。後ろからこんな声が聞こえた。
「おい君、ちょっと冒険者を舐めてないか?」
後ろを振り返ると女冒険者と見られる人物が立っていた。
綺麗に整った顔立ちの背の高い美人。身にまとった装備も剣も立派にみえる。
「どういうこと?」
俺はすぐに聞き返した。
「君のような……言っちゃ悪いが初心者がそんな高額な依頼を受けても達成出来るわけがない。やめておけ」
「なんで無理だってわかんの?」
ここは一応しっかり聞いておく。
女冒険者は呆れたようにため息をつきこう言った。
「理由は色々あるが、まずそもそもヤツの居場所はここではなく魔界だと言われている。行くだけでも大変だ。それに何より単純にカイザードラゴンが強すぎるからだ」
「へー」
まあ名前からしてクソ強そうだしな。
女冒険者は受付嬢の方を見て、こう言った。
「というかそんな依頼を初心者に回すのがおかしいんだ。いくら本人が希望しててもな。ギルド側で止めておいてやれ」
受付のお姉さんはちょっとバツが悪そうに、しかし笑顔は崩さずこう言った。
「ミシェルさん、依頼者の希望にこちらが意見するのは原則として禁止になっていますので……」
ミシェル……それがこの人の名前かー。
「フン、手数料の5%がほしいだけだろう」
「え?手数料いるの?……5%!?」
思わず香織が声を上げる。
そんなことも知らんのかと言いたげな顔でミシェルさんは続ける、
「ああ、だからこの依頼を受けるのに100万リル必要なわけだが、そんな大金持っているのか?」
「今700リルしかないわね」
香織は苦笑してやれやれといった感じで答えた。
それなら――、とお姉さんは、別の依頼を提示してきた。
「700リル以内でしたら……こちらはどうでしょう?」
――レッドゴブリンの討伐――報酬……14000リル。
お姉さんは笑顔で聞いてくる。
「どうでしょうか?」
「よしやるぞ」
俺は即決した!
「はやっ!」
香織は驚くが今更止めたりはしなかった。
ついでにこのミシェルさんも誘ってみよう。冒険者のこと色々知ってそうだから何かアドバイス貰えるかもしれないし。
「なあ、ミシェルさんだっけ?俺達初めての依頼だから良かったら一緒に来てくんね?」
その言葉を聞いたギルドの他の冒険者は吹き出すように笑い出した。
「はっはっはっは。おいミシェルお前舐められてんぞー!」
「全く世間知らずのガキだな。冒険者の厳しさを教えてやれミシェル!」
何だこの反応!?俺何かやらかした?
再びミシェルさんに目を向けると、さっきより険しい顔付きになってこちらを見ている。
「……私の冒険者ランクはC。自慢でも何でもないが初心者が同行して欲しい場合には料金が発生する」
「あー、なるほど」
そんな金はもちろんない。しかし一つひらめいた。
「それって要はミシェルさんの実力が俺より上だからってことだろ?」
「いや、実力自体は初対面だから分からない――が、冒険者としての知識や経験値は少なくとも初心者よりは上なはずだ」
よっしゃーここで煽ってやるぞ!
「たしかに知識や経験はほぼ0だけど俺、アンタより強いぜ?」
そこまで言うと周りの冒険者はマジギレしてきた。
「おいコラァ!あんまり調子乗るなよど素人!」
「そーだそーだ。何様のつもりだお前!?ギルドから追放すんぞ!」
等々散々罵倒される。
肝心のミシェルさんは頭をかいて苦笑いしている。
「こんな事言われたのは初めてだ、ちなみになぜそう思う?」
ここで俺は、昔鏡を見ながら開発した相手を煽るための不愉快な笑顔を浮かべてこう言った。
「いや、なんでって……だってこうして向かい合っててアンタあんまり強そうに見えないしなぁ――」
「よし分かった!」
流石にイラッとしたのかやや大声でそう言い、ミシェルさんはこう提案してきた。
「外で木刀で1対1をやろう。防具は貸してやる。私が負けた場合には無料で同行しよう」
お、向こうから決闘を提案してきたか。手間が省けたぜ!
それを聞いた周りの連中は、
「おおーいいぞーやっちまえ!生意気なクソガキに教育したれ!」
とか好き放題言っている。
香織の方を見ると、やや心配そうな顔をしている。
「ねえ、大丈夫だと思うけど負けないでね」
「負けはしねーよ」
逆にやり過ぎないかが心配だ。剣士であってもこっちの世界の人間、軽めの木刀でも全力で殴ったら普通に殺してしまうかも知れん。
――と、いうわけで俺はミシェルに鎧を貸してもらい外の広い場所に出た。見物人も2~30人ほど集まってきた。
「大層な格好だなー」
鎧をまとった俺は素直な感想を述べる。正直いらねーけど、どうしてもつけろとミシェルは言ってくる。
「準備はいいかい?」
「おう、いつでもいいぜ」
さっきまでざわついていた見物人たちも静かになった。皆ミシェルにやられる俺の姿を見たいらしい。そういえば結構人気あるんだなーこの人……そんなことを考えていた。
俺は与えられた木刀の柄の端っこの部分を右手で持ってまっすぐ前に構える。肘は伸ばしっぱなしだ。
一方ミシェルは両手持ちで木刀を構える。
リーチはこちらのほうが長い。それだけで十分だ。
おそらくミシェルは俺の木刀を最短距離で弾き飛ばしに来る。片手持ちの俺の木刀は、横から薙ぎ払えば簡単に弾き飛ばせる……そう思うはずだ。
そして体制が崩れたところに一撃を食らわす。同じ腕力同士ならそれで勝てるだろう。しかし――。
ガッ――!
俺の予想通りミシェルは横薙ぎで木刀を弾きにきた、しかし弾かれたのはミシェルの木刀だった。
現世で例えるなら地面に固定された電柱に「胴」を食らわすようなものだ。
木刀を弾かれたことにより一瞬動揺するミシェルに、俺はリストの力だけで超高速の「胴」を食らわした。
「ぐあっ……!」
悲痛の叫びを上げるミシェル。大丈夫かな?
片膝をついて呼吸を荒らげるミシェル、ショックだろうがこれが実力……いや、種族の差だ!
「はぁ、はぁっ……な、なんだ!?……今のとんでもない速さの……一撃は!?」
息も切れ切れに今起こったことを理解しようと努めている。
まあ敗因を簡単に言えば腕力の差だ。それも圧倒的な。
「分かっただろ?俺、めちゃくちゃ身体が強いんだ。骨も筋肉も」
俺は木刀より数倍重い鉄パイプに持ち替え、手首の返しだけでブンブン音がする速さで振って見せた。
周りの見物人は皆どよめき様々な感想を述べている。
「な、なんだアイツ……めちゃめちゃ強いじゃねーか!?」
「あんなヤツこの辺にいたっけ?」
「っつーかなんであの強さで初心者なんだ?」
……んーあまり騒ぎになるのはよろしくないなー。
香織が寄ってきた。どうやら同じ心配をしているようだ。
「なんか注目されてない?いいの?」
あんまりよくない……ちょっと適当にごまかすか。
「俺達は遠いところから旅して来たんだ。だからギルドとかのシステムも知らなかったってだけさ」
まあ嘘はついてないよな。この世界はネットもないし遠国の情報も入ってこないだろうし、意外とごまかし放題なのでは?とも思った。
見物人のおっさんが言った。
「じゃ、じゃああんたはまたどっか別の土地に行くのかい?」
「うーん、しばらくはこの辺で冒険者やるよ。お金も貯めたいしね」
そう金、金。初心忘れるべからず。
「おおっそりゃあいい!この町に強い冒険者がいてくれるだけでも心強いもんな!」
などと都合の良いことをほざいている。まだあんたらを守るとは言ってないぞ。
ここでミシェルがふらつきながら俺達の前に歩いてきた。
「……一つきいていいか?」
「ん?」
――「君たちは境界から来た人間ではないか?」
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