第8話 小屋が完成した!
バロルを後にした俺達は、さっき来た道を逆方向に歩いていた。
日本に帰る途中、俺はあの小屋に出来た『境界』と呼ばれる穴をどうすればいいかずっと考えていた。
まず浮かんだのは何か布のようなものを被せるという案だ。でも布が穴にちょっとでも触れたら一瞬でこっちの世界に飛ばされるんだよな……。
不自然にならず穴を隠すには――。
「あ!」
妙案を思いついた俺はとりあえず叫んだ。
「ど、どしたの?」
一瞬ビクッとして香織が聞いてくる。
「小屋の穴の件でいい方法考えたんだよ!でっかいクローゼットみたいなのを穴が隠れるように壁に設置するんだ!」
香織は目をパチパチさせて、渋い顔をする。
「え……でも、それってクローゼットが穴に触れた瞬間こっちの世界に転移するんじゃないの?」
そうなんだ、あの穴に少しでも触れればたとえ穴のサイズより大きな物体であっても吸い込まれるように転移させてしまう。
――実際はそうではないことが後から判明するのだが、この時の俺はそう誤解していたのだ――。
「そう、クローゼットをそのまま壁に設置したら穴に触れてそうなる。だからクローゼットの後ろ面を切り取ってスライドさせるように壁に設置したら良いんじゃないか?」
「あ!あー、なるほど……!」
香織には家具の一面を切り取るという発想は新鮮だったようだ。
「良いんじゃない?ウチにちょうど粗大ごみに出そうとしてたデカいやつがあるからそれ使ってよ」
「おお、サンキュー!よーし、これで撮影できない問題が解決しそうだぜ!はははは」
光明が見えるとウキウキしてきてテンションも上がってくる!
「とりあえず100万再生行くぜー!」
「それちょっと気が早いくない?」
そうこうしている内に俺達は例の穴にたどり着いた。バロルからの所要時間は30分ほどだ。
まず俺は来た時と同じ様にそこに手を触れる。するとやはり体は吸収され、気づいたら群馬の小屋の中だった。後を追うように香織も穴から出てきた。
「……じゃ、今日は帰ろっか」
「おう。あっ、向こうの4980リルはここに置いていこう」
向こうの硬貨をビニール袋に入れ、これは小屋の隅に置いた。
ちなみに一応確認したが例の光輪はこちらの世界では出せなかった。まあその方がいい、誰かに見られでもしたらそれこそ大騒ぎになるしな。
この日は一旦解散して各自自宅に帰ることにした。
あーしかし色々あったな―。
帰りの軽トラの中で、俺も香織もスマホでネットを使える事のありがたみを実感するのだった。
家に帰った後、自分の部屋でファンタジー世界のお金の稼ぎ方についてスマホで調べてみた。すると色々と出てきた。
「『ギルド』?『ランク』?――あー、そういえばなんかあったような気がする……」
過去に見た漫画やアニメでそんなシーンがあったことを思い出した。
また、ギルドに行けば仕事としてモンスターを狩る――いわゆる冒険者ってのになれる事も思い出した。冒険者って個人事業主だよな?これなら俺でも出来るかも!
でもあっちの世界でモンスターってまだ1匹も見てないのはなんでだろ?
まあいいや、明日またバロルで聞いてみよう!
ちょうどあっちの世界で試したいこともあるし。フフ……。
あと一つ思い出した。一応親父とお袋に宣言しておこう!俺は階段を降り、夕飯を作ってくれているお袋と仕事帰りの親父にこう言った。
「あのさー、俺もうすぐ家出て一人暮らし始めるから!」
二人は驚きの表情を浮かべる。最初に親父が口を開いた。
「ど、どうした?お前貯金も仕事もないんじゃなかったのか?」
「そうよ、あんた自分で俺は社会不適合者だから当分ニートしまーすとか言ってたでしょ?一体どこに住むつもり!?」
案の定、予想通りの反応が返ってきた。
「ま、ちょっとあてがあってね、怪しい闇バイトとか犯罪とかじゃないから安心してくれ」
ここで正直にあの山の小屋のことを言うとマズイので適当にはぐらかす。
「あんまり来てほしくないから住所は言わないけど、そんな遠すぎる所じゃないしこっちにも顔は出すつもりだから」
二人はしばらく顔を見合わせてちょっと呆然としている。あまりに唐突な宣言だったので戸惑うのも無理はないか。
しかしここで親父はちょっと嬉しそうな表情になってこう言った。
「お前、その、なんか顔がイキイキしてるな。今度は何に夢中になってるんだ?」
「yu_いや……まあ内緒。その内話すって!」
そこまで言って俺はまた二階の部屋に戻った。
うーん、俺って根が正直だから隠し事とか苦手なんだよな、やっぱり。
そういえば思い出したがyu_tubeはどうなってるだろう……?
見るとまだ最初に出した動画一つだけだが300再生程度だ。登録者は7人……うん、気楽にやろう。
『継続して配信しなきゃ伸びていかないんだから』
俺は香織の言葉を思い出していた。
――翌朝、俺は香織の家に着いて昨日言っていたクローゼットを軽トラに運ぶ手伝いをした。
「こりゃデカい。いいな!」
それは、横120センチ、高さ180センチといった大きめのものだった。
「おじいちゃんも扱いに困っててちょうど良かったって」
香織のおじいちゃんには何かと感謝だ。
「あとこれも……」
香織は工事現場でよく見かける赤いコーンと、その間に乗せる黄色と黒のバー、そして『私有地につき立入禁止』と書かれた看板を持ってきてくれた。
「あ!なるほど。確かにあの小屋バレちゃマズイもんな」
「うん、これでも無いより大分マシでしょー」
というわけで用意が済み、軽トラを走らせ、小屋に入る途中の道にそれらを設置し小屋へと進んだ。
小屋に着くと、早速俺は軽トラの荷台に登りクローゼットの後ろの板を丸ノコでカットしていく。
「私は昨日の編集の続きやるね」
と言って香織は小屋へと入っていった。
そういや2つ目の動画を今朝アップしてくれたみたいだ。
とすると今編集してるのは3つ目か……頭が下がるぜ。
十数分ほどでクローゼットの後面を切り終わった俺は、それを持ち上げ小屋に運んでいく。
「わっ!よく一人で持てるね……呼んでよ」
小屋の中で編集していた香織は俺に気づき、二人で両端を持ちながら小屋の中へと運び入れた。
そしてクローゼットの切り取られた後面を例の穴に向けて、穴に当たらないよう少しずつ壁に向けて押していく。
「怖いな……」
ちょっとでも穴に触れれば吸い込まれるハズなので、香織も俺も緊張しっぱなしだった。
「うん、でも、もうちょいだ……よっ!」
ズズッ……ズズッ……と床を滑らせ、やっと小屋の壁面と穴の開いたクローゼットの後面とがくっついた。
「よしっ!」
「やったー!」
俺達はお互いにハイタッチして喜んだ。
予想していたより普通に家具っぽく、傍から見てこの中に得体の知れないモノがあるようには到底思えなかった。
「よしっ!このクローゼットはもう絶対動かさないから、小屋の外からドリルでビス打ちする!」
「はい、お願いしまーす」
香織はクローゼットの観音開きのドアをゆっくり開け締めして、振動で穴に接触しないか確かめている。
ビイイイイ――。数分後、俺はネジ打ちを全て終わらせ、クローゼットを文字通り異世界への扉へと昇格させた!
「よーし。これでどっからどう見ても普通の家具だろ?」
「うん!思ったより調和してるよねー。物を入れられないのが残念だけど」
「でもこれ、こっちから入った後扉開きっぱなしにならない?」
たしかに、香織の指摘に俺はちょっと考えて、
「開けたら自動で閉まるようにバネ入りの蝶番を付けよう。ホームセンターには絶対あるハズだ」と答えた。
「へーいろいろあるんだね、やっぱり」
香織は感心したように言った。
「ただ向こうからこっちに来るときは必ず扉に当たってぶち開けることになるが」
「うっ……まあ、しょうがないね。この穴隠す方が大事だし」
そう、とにかく隠しておかねばならない!
それから俺達は未完成のこの小屋を完成させることにした。
もちろんこのクローゼットについては何も言及しない形で撮影もしていく。
「ふー、こんなもんかな」
小屋の側面に防水シートの上から板を打ち付け、これにてめでたく小屋の完成となった!
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