第7話 バロル
――「ここがバロルか」
辿りついた町は本当にかなり大きかった。
人口も日本のそこそこ栄えた田舎町ぐらいはいるだろうか。
「おおー本当に人がいて生活してるんだなー!」
ちょっと感動した。
「なんとなく昔のヨーロッパみたいね」
香織が俺と同じ感想をもらした。まあ異世界の定番というかなんというか……。
バロルには宿屋・八百屋・武器屋・防具屋・等、一通りそれっぽいお店が揃っている。
俺達が中央広場のような開けた場所に出たときに事件が起きた。
「うわっ!おいコラ何するんだ返せー!」
突然後ろから声がして振り返ると二人の人物がいて、強盗と被害者だと一目で分かる構図だった。
袋のようなものを持ってこちらに走ってくる男が強盗で間違いないだろう。よし。
「よっ!」
俺はとりあえずその男に向かって、カエルが跳ぶようにビョーンと飛びついた。
元々俺は昔から身体能力には自信があった。学校でも体育の成績だけは常に上位だった(チームプレイを除く)。
それに加えてエノキを捕まえたときも思ったが、重力的な影響かこの世界の人間は現代世界の人間より筋力が大分弱いようだ。
だから、こういう強盗を捕まえるといった大胆な行動も躊躇なく出来たのだった。
飛びついて地面に倒したところで、すぐ男の手から袋を奪い胸元を締め上げて警告する。
「おっさん諦めろ、抵抗しても怪我するだけだぜ」
「ぐっ……くそっ!」
男は力の差を感じ取ったのか観念したように抵抗をやめて力を抜いた。
そして回りにいた町の住人達も俺に加勢し男を取り押さえた。後はこの人達に任せよう。
おそらく警察?自警団?みたいなのがあるような気がするし。
俺は手に持った袋を被害者のちょっと腹の出たおっさんに返そうした。すると――。
「おほおおおありがとう!君ぃ強いじゃないかあ!」
うわ、なんだこのおっさん!
「ワシには分かるぞー今の動きただもんじゃないだろー?ええ?」
正面から俺の両肩をがっしりつかんで唾を飛ばすような勢いで話すおっさん。
「え?な、何のこと?」
「隠さなくても良いんんだよーもしかして境界警備の戦士系の人かな?良かったら私の家に来ないかい?」
ちょっと意味がわからない。
「いや……俺は戦士とかじゃないし、てか家に来ないかって何?」
「その強さをウチの屋敷の警備員として使わないかって事だよ!報酬は弾むぞぉ!」
「報酬?」
そのセリフを聞いた香織が間に入ってくる。そうだコイツ金にはうるさいんだ。
「いくらぐらいですかそれは?」
めっちゃ真剣な顔で聞いているが俺の意見は?
「そうだな、一月5万リル出しても良いぞ!来るかね?」
5万リル……つまりトマトを間に挟んで50万円だ、月給50万!?凄いな……しかし俺は個人で稼ぎたいのであって、会社とかに所属するのは向いてないのだ。
「行かないっす。俺達すでにアテがあるんで」
もちろん嘘でありアテなど無い。
「うーんそうかあぁ……しかたない、コレはお礼だ。気が変わったらいつでも町外れの屋敷に来てくれ」
何か硬貨を一枚もらってしまった。いや、ありがたいけど。
「あ、あざまーす」一応お礼はしとかないとね。人として。
お金を受け取るとおっさんはニコニコしながら何処かへ消えていった。
香織は俺が手に持った硬貨を見つめている。色は銀色で大きさは500円玉ぐらいだった。
「これ使ってみようよ!」
香織は期待に溢れた声で言う。俺もここで初めて手に入れたお金にちょっとワクワクしてきた。
とりあえず道端の露店で野菜が売られていたので買ってみることにした。
見ると奥に店主らしきおばちゃんが1人、その前にキャベツ・大根・玉ねぎ・じゃがいも等、現代の八百屋と遜色ないラインナップだった。
香織はちょっと不思議そうにそれらを眺めている。何を買うか悩んでいるのかもしれない。
「トマトでいいか?」
俺は香織に確認する。
「……そうね。エノキの話じゃ10リルって言ってたし。二つ買って20リル?この硬貨で足りるかな?」
「多分大丈夫、なんかあのおっさん羽振り良さそうだったし」
俺はさっきもらった硬貨を手に握っておばちゃんに尋ねた。
「このトマト、2つでいくら?」
おばちゃんはゆっくりした動きで、俺達を見上げて、
「ん、20リルね」と答えてくれた。
おお、エノキの言う通りやっぱり一個10リルだったようだ。
例の硬貨をおばちゃんに手渡すと、やや困ったような顔で言った。
「ご、5000リルかい!?……ちょっと待っててよ」
どうやら硬貨は5000リルだったようだ。
「はいよ、お釣り4980リル」
それらも全て硬貨で1000リルが4枚・500リルが1枚・100リルが4枚、50リルが1枚、10リルが3枚合計13枚がお釣りとして戻ってきた。
トマトは俺と香織で1個ずつもらう。
それは地元である群馬のスーパーで売られているものとほとんど変わらない見た目をしていた。
俺達は露店から少し歩いた路地裏で早速トマトを食ってみた。
「うまい!」
俺は思わずうなった。
「うん、全然イケるわこれ!」
香織も同意見だったようだ。
2人とも一瞬で食い終わった。ふう、満足満足。
香織の方もトマトには満足していたようだが、やはり何か引っかかるらしく思案顔になった。
「なんかこの世界って都合良すぎない?」
「ん?というと?」
「このトマトめっちゃうまいけど、このレベルの文明でこんなの作れないと思うんだけど」
そ、そう考えますか……。
「現代の野菜ってほぼ全部品種改良で美味しく栽培しやすくなってるハズだけど、この世界でそんな野菜が存在してるのっておかしくない?」
「いや、そこ気になる?」
そんなこと考えもしなかった、正直俺は「トマトうめー」という感想しかなかったのだが……。
「他にもコインの単位なんか今日本で流通してるものとそっくりじゃない?――1000リルは1000円、500リルは500円――みたいに、太一は思わない?」
「いやー、そう言われればそうかも――としか思わんね。てかそもそも魔法が使えて日本語が通じるこの世界でそんなん考えても仕方なくねえか?」
「……まあそっか、そだね。それよりどうやって商売するかだったよね」
そうそう、それが大事。俺はポケットにさっきもらった硬貨をじゃらつかせながら、うっかり財布に入れたらダメだ!と思った。異世界用サイフがいるな。
「うん、やっぱりこの世界の硬貨は換金できそうもないから、トマトとかの野菜や果物で商売する路線かな」
まあこの品質なら現代でも余裕で売れるだろう。
とにかく結論として、効率の良いお金の換金方法は以下だ。
「こちらの世界で価値が低くて、現世では価値が高いものを持って帰って日本で売る!こうだな」
香織もうなずく。
「日本も多分ここも物価は変動するから常にチェックが必要だね。あと、出来るならなるべくかさばらないものが理想。
換金の仕方について大体候補が絞られたところで、次は当然「どうやってこの異世界でお金を稼ぐか」という問題が発生する。
さっきみたいに、毎回金持ちのおっさんに謝礼金もらえたらなあ。とか考えるがもちろん現実的ではない。
ここで香織が断言してきた。
「こっちでお金稼ぐの簡単だと思うよ。少なくとも日本よりは」
「なんで?」
「さっきのおじさんの件でも分かるけど、タイチって(多分私も)肉体的にめちゃくちゃ強いみたいだからさ。用心棒とかでいくらでも稼げそうじゃない?」
俺は口をひん曲げてこう返した。
「はー、分かってないなー香織は。俺はトラウマレベルで組織に雇われたくないんだ。協調性皆無だしもはや会社員とか選択肢にすらない!自営業しか無理!!」
ちょっと引いたような顔の香織。
「うわー、ニートの思考だわー……でも太一、なんか稼ぐアイディアあるの?」
実はまだ思いつかない。
「yu_tubeの小屋作りみたいに何か作って配信でお金稼げないだろうか?」
「動画撮っても配信する会社も閲覧するPCもスマホもないんだけど?」
すぐに否定される俺。
実はそんな俺にピッタリの仕事があるのだがこの時の俺はまだ知らなかったのだ。
「なあ香織、今日は一旦家に帰らね?」
「ん?何?テンション下がっちゃった?」
香織は笑いながら首をかしげる。あ、かわいい!
「いや、一旦家で異世界での稼ぎ方について調べようと思ってさ」
「あ、そう。そういえば私も動画の編集してなかったし……帰ろっか」
あれ?そう言えばyu_tubeは撮影出来なさそうだから一旦止めるのかと俺は思っていたのだが、香織はまだまだやる気らしい。
「まだyu_tubeに動画あげるんだな」
俺がそう言うと、ムッとしたような怒った顔で反論してきた。
「いや当たり前でしょ!あの穴が出来るまでに撮影した分だってあるんだし。……ていうかあんた、まさかもうやる気なくしたの?あーいうのは継続して動画出さなきゃ伸びないんだからね!」
香織はやや興奮しながら諭すように話を続けた。
「大体もったいないじゃない……。せっかく良い小屋が出来そうだったのに、それか穴が心配なら穴のない場所にもう一つ小屋建ててもいいし。私は撮影するよ!」
なんか結構真剣に怒られてしまった……。どうやらyu_tubeに関しては俺より香織のほうが熱が入っているのかも知れない。いや、おれも小屋作りは楽しいけど、熱しやすく冷めやすいというか。この世界を探険する方に興味が移ってしまっているというか……。
いやだめだ!借金40万もあってそんなこと言ってる場合じゃねーな!!
「いや、すまん、yu_tubeも頑張ります!」
俺は香織に敬礼して言った。
香織はにっこり笑って、「はい!」と一言。
コイツにゃ頭が上がらないぜ。……まあ悪い気は全くしないけどな。
――!?――
そのとき俺は頭に何か奇妙な違和感のようなものを感じた!しかし辺りを見回すが特に変わった事はない。
――一瞬……たしかに一瞬ではあったが、俺は頭の中に変な感覚を感じたのだった。
???
「どうかした?」
香織が辺りを見回していた俺に聞く。
「……いや、なんでもない」
ま、いっか――俺はひとまず忘れる事にした。
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