第6話 地球人は危険人物?


 ――「危険な存在かどうか?」



「そう、たまーにだけど境界からヤバい奴が来るんだって」


 ヤバい奴?俺と香織は顔を見合わせる。


「え?もしかして俺も?」


「あっはははっ、タイチ達は違うよ。ウチにラーメン食わせてくれたんだからさー。大丈夫大丈夫!あははっ」


 と言ってエノキは上機嫌に笑う。こいつラーメンで懐柔されてるじゃねーか、単純というか純粋というか……。


「それさあ、ヤバいって具体的にどんな事してくるんだ?危険な人間のことは出来るだけ知っておきたいんだが――」



 エノキは腕を組んで上を向き、思い出すように語った。


「いや私もさあ、聞いただけなんだけど……こっち来ていきなり村人を一人で皆殺しにしたりとか――」


「え!?」


「王都の騎士団の小隊を1人で壊滅させたりとか――」


「は!?」


 め、めちゃくちゃヤバそうな奴じゃねーか……。稀にとはいえそんヤバいのがあの穴から出てくるのか、そらエノキも警戒するわけだ。



「だからウチら隊員が境界から出てきた奴を観察して、まず危険人物かどうかを見極めるわけ」


「なるほど、でもソイツが実際危険かどうかどうやって判別すんの?」


「危険なヤツって大概何か物をブッ壊したり人や動物を殺したり燃やしたりとにかく攻撃性が高いからすぐ分かるってさ」

 

 思い出すようにそう話すエノキだった。


 なるほど、日本にも世界にも確かにいるなそういう奴。……もちろん俺は違うけど。



「……でもその攻撃性とか凶暴性を内に秘めてて見せないヤツもいるだろ?そんなすぐに危険なヤツかどうか分かるもんなの?」


「昔はそういうタイプの境界人もいて被害が出たことあるみたいだけど、今じゃ判別出来るらしいよ。なんかそう言う技術があるんだってさ。でも、とりあえずその前にパッと見危険だなって奴を発見する為にウチが派遣されんの」



 ――この世界って文明遅れてんのか進んでんのか分からなくなってきた……。とりあえず俺は質問を続ける。


「まー、でもその、仮に危険人物だってすぐ分かった場合どう対処すんの?」


「……私がなんとか出来そうなら被害が出る前に戦って殺す、んで、無理そうなら警備隊の上層部に応援要請しろって言われてる」


 なんか普通にさらっと言ってるけどコイツの仕事危険すぎないか?



ここでエノキは何か言いたげに颯爽と立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちした。


「ってゆーかそもそも……私の計画ではさ、あんたらがそのヤバい奴で――」


「うん」


「そのヤバい奴を私がしっかり魔法でぶっ倒してー」


「おう」


「新人の私の株が上がって爆速で出世して部隊長になってお金を稼ぎまくって人生最高!っていう流れだったのにさー全然うまくいかないじゃん!あははっ」


 ……なんかアホみたいな話をし始めたぞコイツ。


「それ計画じゃなくて願望だろ」


 俺は子供のようなエノキの妄想にあきれつつも金が欲しいというところだけは共感できた。


「この世界もやっぱりお金は大事なんだな。ここは商売も盛んなのか?」


 経済というものの普遍性を感じて、ここへ来た最初の目的である通貨や商売について尋ねてみた。


 エノキは俺の方に身を乗り出して同意した。


「お金マジ大事!どんな無能でもお金さえあれば暮らしていけるもん。だから農家とか鍛冶屋とか皆それぞれ商売やってるよ。逆に貴族でもなけりゃー働かないと餓死するし生きていけないもん!」


 話を聞く限りなんか現代日本よりシビアかも知れん……。



「ちなみにタイチ、これ知ってる?」


 ニヤリと含み笑いをしながらエノキはとある硬貨のようなものを見せてきた。


 金色に光るこれはもしかして……金貨か!?


「どう?これがこの世界で一番価値の高い100万リル金貨!この辺じゃ私ぐらいじゃないかなーこんなの持ってるの、フフン」


 得意になって金貨を指ではさみ、俺と香織に見せつけてくる。



 一方、隣の香織はスマホで何か調べようとしている。


 しかし渋い顔で「あーそっか……」とぼやく。そう、ここは圏外なのだ。


「ねえ、ここでトマト1個買うとしたら何リルぐらか分かる?あ、トマトって分かる?野菜の一種なんだけど――」


 検索する代わりにエノキに尋ねる香織。


「カオリ、ウチを馬鹿にしてる?トマトって野菜だろ?赤くて丸いやつ」


「あ!そうそうそれ」


「この先の町でよく買ってたけど1個10リルぐらいだったかな?」



 俺は香織に手招きされ、小声でこう囁かれた。


「トマト1個、現代じゃ100円ぐらいだからそれが10リルってことは、1リル=10円ぐらいってことかな?」


「あーそう……なんじゃね?でもそのリルを現代に持ち帰って換金って出来んのかな?」


「いや、こっちの貨幣が現代で流通してないんだからどう考えても無理でしょ!それかエノキみたいに金貨を手に入れて帰ってきんとして売るか……。さっききん1グラムの相場を調べようとしたんだけど――」


「おーい!二人で何ゴニョゴニョしてんだ?部隊に戻らなきゃなんないから私もう行くよ」


 エノキは俺達が歩いてきた方を指差している。ああ、そういやコイツ仕事中だったな。そしてエノキはこうも言った。


「安心してよ、タイチとカオリのことは悪く言わないからさ!」


「おう、そうしてくれい。俺達もできれば無駄な争いは避けたい」


 ちょっと安心した俺はもう一つ聞いておこうと思った。商売するにしてもまず俺達はどこかの町に行かないといけないのだ。


「エノキ、この道このまま歩いていったらどっかの町に出られるか?」


「まっすぐ行ったらバロルって町があるよ。まあまあでっかい町だから大体の物は揃うんじゃね?」



 そう言うと同時にエノキは魔法の詠唱のような何かの呪文を唱えると、すぐに足元に魔法陣が出現した。すると強めの風が吹き始めた。お!これは……。


「空飛ぶ魔法か!?」


 どんな魔法か気になったので聞いてみると、エノキは「フッ」っと鼻で笑い人を見下したような顔をした。ナチュラルに煽ってくんなコイツ。


「コレだから素人は……空飛ぶのは効率悪いんだよ!『魔法+走り』ってのが移動の基本!じゃーねー」


 笑顔で手を振るエノキ。笑うと普通にかわいいな。


 反射的に俺達も手を振り返す。


「またどっかで会おうぜー」


「バイバーイ」


 ビュオオオオオーー……!エノキはすごい速さで今来た道を走っていった。


「うわっ!なんだあの速さ。車並みじゃん……」


 恐ろしい速さで走り去っていくエノキの後姿を俺達はしばらくぼう然と眺めていた。




 ――それから俺達はまたさっきの道に戻って歩き出した。ちょうどエノキが走っていったのと逆方向だ。


 ここからでもあの大木は余裕で見える。高さ300メートル位はあるな。


 とその時、大木の側に何か緑色の光のようなものが見えた。「何だ?」……しかしその光はすぐに消えて見えなくなった。



「どうかした?」


 香織は聞いてきた。


「……いや、何でもない」


 よく分からんがまあいいや。それより早く行こう。




 俺と香織は歩きながら今までの感想をぶつけ合った。


「アイツ、なんか意外と素直でいいやつだったな」


 これは嘘ではなく俺の本心だ。まあ、アホそうではあったけどな。


「そうだよね、最初は太一も私もちょっと警戒してたけどね」


 まあ俺はちょっとどころでは無かったが……。


 ここで俺は香織を安心させるために俺の勝手な予想を話した。


「でも思ったんだけど、今この世界って結構平和なんじゃねーかな?」


「なんで?」


「だってあんなアホそうなやつが境界から来る奴に一人で対処してるんだぜ?危険な奴が出てくるかもしれないってのに」


「――だからまあエノキの言ってた危険人物ってのはホントに極まれにしか現れないんだろう」


 まあ完全に推測でしかないが、ここは香織を安心させるためにもそう言っておこう。


 香織は考える素振りをして言う。


「んー……かもねー。それも含めて情報が少なすぎるからとりあえず町に行こうよ」


「だな!なあ香織、ちょっと走ってみようぜ」


 俺はさっきのエノキのスピードを見て、俺達もあれぐらいの速さで動けるかも……と思ったのだ。ただ香織の姿を見てふと気づいた。


「あ、そのカバン俺が持つわ。重かっただろ?」


 今までこの世界の事に夢中で意識してなかったが、香織はコンロや水をずっと背負ってくれていたのだ。悪いな!


「うん、ありがと」


 笑顔で即リュックを渡す香織。よし、行くぞ!




 それから試しで本気で走ってみると、ビックリするほど速かった!


「うおおおお!はえええー!!」


「わーっ!ホントに速い。すごーい!!」


 実際走ってみると原付き並みの速度が出た!!


 俺はこのとき、『この星は重力が少なくてスイスイ動けるぜ――』という漫画のセリフを思い出すのだった。


 これなら次の町にはすぐ着きそうだ。




 そしてそこでどんな商品あるのか?どんな人間、どんな職業があるのか?……想像しだすと好奇心が止まらない!いつの間にかyu_tubeよりもこの世界の事ばかり考えてしまうのだった。

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