第3話 異世界への穴

 

 俺達はまたこの前と同じように小屋を作り撮影をした。



 土台の上に四隅の柱を立て、そして電動ドリルでネジを打ちこんで固定する。


「ははっ、ドリルでネジ締めすんのすっげー楽しい」


 作業をしていて自然と笑顔がこぼれた。


 撮影者の香織も良い絵面が撮れて満足しているらしく、手でグッドサインをしている。



 それから飯も食わず夢中になって作業をしていたらもう日が傾いてきた。時計を見ると16時。作業的には完成まで4割ぐらいのところまで来たと思う。


「これで全体の骨組みと側面の合板を付けたから、次は側面に下から防水シートを貼っていきまーす」


 香織の構えるスマホの前でそう説明して、ふぅーっと一息ついた。


「よし、今日はこんぐらいにしとくかー。おつかれー」


 撮影している香織に呼びかける。


「あ、もういいの?おっけー」


 と言って香織は撮影をとめた。そして進行具合を聞いてくる。


「どう太一?小屋の出来具合は」


「初めてにしては上出来だと思うぜ。ちゃんとした道具を揃えたら素人でもそれなりに出来るもんだな」


「うん、私も見ててすごいなーと思ったもん」


「残りもなるべく早めにやって、明日には完成させる。雨とか降られる前に短期決戦だ!」


「おっけー私も編集頑張るね」


「おう!」


 ここでふと思い出した。



「ところでさー、朝アップしたやつどうなった?」


 作業中は忘れてたけど今猛烈に気になり始めたのだ。


「今ねー、登録者4人の183再生だね」


 それを聞いて「え!?」と思った。


「少なくね?もっと伸びてると思ったけど……」


「いや、初投稿ならこんなもんでしょ。継続して動画を出していけば伸び方も加速度的に上がっていくハズだからね……とにかく継続が大事!」


「なるほど、そういうもんか。とりあえず収益化出来る登録者1000人と総再生時間4000時間まで頑張るぜ!」




 ――俺達はその後、骨組と側壁に囲まれた未完成の小屋の中でカセットコンロを組み立て昼食の用意をした。俺の家からはコンロとカップラーメンを二つ、香織の方からは水とおにぎりを何個か持ってきていた。


 さあ、飯だ!


 湯を沸かしカップラーメンにお湯を注いでいく。思えば今日は朝飯から何も食べないで作業に没頭していたのでさっきから腹が鳴りっぱなしだ。――そして3分後。



「いただきます!」



 2人とも手を合わせてそう言った。


 そのとき食ったカップラーメンとおにぎりの味は、今まで食ったどの飯より美味かった!

 俺は醤油味のラーメン、香織のはカレー。普通に家で食っても美味いラーメンだがこういう自然の中で、かつ空腹の状態で食べる事によって何倍も美味く感じられる。おにぎりもラーメンと共に口に入れるといい感じに腹を満たしてくれる。俺はものの3分でこれらを完食してしまった。


 香織の方も相当腹が減ってたらしく、俺と同じようにズルズルと音を立てて食っていた。うん、それでいいのだ。ガンガン食え!



 最高にうまい飯を堪能したらなんか眠くなってきた。香織も明らかにぼーっとしている。あー眠い……。


 俺は隣でスマホをぼんやり見ていた香織に聞いた。


「今、チャンネルどんな感じ?」


「んー……再生回数203回。夜は動画視聴が増えるから……明日はもっと増えてるはず――」


「おー……いいね」


「……」


「……」


 香織は目を閉じてゆっくりこちらに倒れてきて、俺が支える形になる。お、おおおっ……。なんか嬉しい!


 しばらくそのままお互い隣合わせの状態でぼんやりとしていた。


 なんだろう、もしかすると俺は今ものすごい幸せな状態なんじゃないだろうか?ちょっと前まで世間に絶望していたニートにしてはありえないほど生活が充実している。


 幸せのど真ん中にいた俺は明日もこんな感じなんだろうなー……などと考えていたが、実際には誰にも予想できないようなことが起きてしまうのだった。




 翌朝、俺達は前までと同じように作業&撮影をしていたが、屋根が完成したところで雨が降ってきた。でもしっかり防水シートを貼っているので雨は漏れてこないぜ!


「んーついに降ってきたかー。屋根が完成してて良かったわ」


「うん、まあ雨はしょうがないね。私は編集しとくからね」


 スマホの編集アプリで色々やってくれる香織。ありがたい。


 ――その時だった。



 突然小屋の壁ぎわの何もない空間に、「パリン」という音と共に横に亀裂のようなものが生じた!


 そのまま亀裂は上下に大きくなり、まるで口みたいにパカッと開いた!


「な!なんだ!?」


 俺は驚きの声をあげ、香織も目を見開いている。


 しばらく二人共唖然としてそれを眺めていたが、その亀裂はそれ以上は変形しなかった。


 今までこんな物理現象見たことも聞いたこともない。


「なんじゃこりゃ!?」


 こういうしかなかった。


 いきなり出現した黒い穴のようなものをどう解釈すれば良いのかわからず、俺達はしばらく固まっていたが、香織はスマホで動画を撮りだした。おお……、yu_tuberらしいじゃねーか!



 俺はその開いた黒い穴にちょっと近づいて中を覗いたが、真っ暗で何も見えなかった。


 いやーホントどうしよう?とりあえず香織に聞いてみる。


「な、なあ。これ映したまま動画撮れるかな?」


 俺がそう尋ねると香織は黒い穴を背後に立つ俺に向けてスマホを構えてきた。上手く説明してみろってことか……?俺はしどろもどろになりながら動画用に高めの声で解説し始めた。


「えー、今小屋の中はこんな感じです。この……黒い穴みたいなのはー、えー……か、壁の模様っていうか……まあ、と、とにかく気にしないで下さい!」


「いや!気になるわ!!――あ、ごめん……」


 撮影していた香織も思わずつっこんでしまうレベルの不自然さだった。


「いや、やっぱりこんなのあったら撮影無理だろ?」


「うん、ものすごい違和感!穴が気になって小屋どころじゃない。視聴者だって絶対おかしいって思うでしょこんなの……」


 うーん……何なんだろコレ?


「なあ、もしかしたらちょっと時間が経てば消えるとかないかな?」


 ふっと思い浮かんだのだがどうだろう?


「そ、そだね。15分ぐらい待ってみよっか」


 香織もそれに賭てみる事にしたようだ。



 という訳で15分ほど経ってからまた小屋を覗くと――そこには先程と同様、しっかりと黒い穴が存在していた……!ダメだー。


 しびれを切らした俺達は恨めしそうにその黒い穴を眺めていたが、次第に俺はこの穴の先がどうなっているのか気になってきた。


 その時、俺は異世界転生モノの深夜アニメを思い出して、この穴に感じていた不気味さが次第に好奇心へと変わっていくのを実感していた。


 そして意を決した俺はおそるおそる穴の端っこに手を伸ばした。香織も不安そうな表情で見つめている。


 俺の中指が穴の端にちょっとだけ触れた――その瞬間!俺の視界は無くなった。そして――。




 ――「ど、どこだここ?」気づくと俺は知らないところにいた。


「ん!?……アレ?人!?何だあの緑の光?――あれ?消えた!?」


今、緑色の光と共に一瞬だけ人間のようなものの姿が見えた気がしたが……誰もいないな、気のせいだろうか!?



 分からない事だらけだが、ひとまず俺は周りを見渡して絶句した。


「……」


 俺は今まで自分で作った小屋の中にいたはずだ。しかし今立っているのは、どこかの山の中に小さく開けた原っぱだった。


 もちろん小屋などない。香織もいないし乗ってきた軽トラもない。そもそも全く別の場所としか思えなかった。


「は?ナニコレ!?」


 理解が追いつかず、しばらくぼう然と立ちすくむしかなかった。


 前の場所と共通しているのは生えている草や木、土といった自然だけだ。ひょっとしてここ日本なのでは?とも思ったがすぐに違うなと気づかされた。


 すぐ後ろに今までに見たこともないようなバカでかい巨大な木があったのだ。いや本当にファンタジー世界にありそうなレベルの巨木だった……。


「デケえ!なんだこの木、軽く直径20メートルはあるぞ……やっべえ……」


 そして後ろを振り返るとその樹の下に、さっきの穴がある。これは小屋の中で見たものと全く同じだ。


「ん?もしやここに入ったらまた元の世界に戻れるのでは……?」



 そう思っていたら香織が穴からいきなり出現し、お互いの頭をぶつける事になった!


「あ痛っ!」


 2人共同じセリフで頭を抑えている。


「あ……太一!ご、ごめんね。ねえ、一体何なのこれ?ここはどこ?」


「いや、俺もその答えを探してるところだ。でも多分日本じゃねーぞここ」


 そう言って例の大木を指差してみる。


「わっ!でっか……!」


 やはり同じ感想だった。



 しかし、俺達のこの世界に対する考え方の違いはこの辺から表面化してくるのだった。


 俺は香織の顔を見たとき、本当に不安そうな顔だった。心配性だし無理もないか。


「っていうか、ここから元の世界に戻れるの?私……なんか怖い」


「さっき俺もそう考えてその穴にもう一回入ろうとしたらお前が出てきたんだよな。はは」


 俺はちょっと笑い話のようにそう言った。


 香織がその穴を見つめて恐る恐る手の先を穴に触れた。そうするとやはり香織の姿は消え去った。


「あーやっぱりこれはあの小屋とこの世界の出入り口なんだな……」


 よし、俺も戻ってみるか!


 俺は前までのように躊躇することなく手を突っ込む。慣れってのは怖いぜ。



 視界が消え、一瞬真っ暗になった後――俺は元の小屋の中にいた。そして部屋の隅で香織がこっちを見つめている。


「またぶつからないように逃げといたの」


 ああ、なるほど賢い。そしてちゃんと現世に戻れた安心感からか、表情にはさっきより幾分余裕が見受けられる。



 さて、問題はこれからだ、こんな訳の分からない怪しい穴をどうしたらいいのか?とりあえず撮影出来ないことはさっき香織と確認したが……いや、撮影どころか誰かに見つかるのもマズいのでは?


「これって世間にバレたらどうなるだろうな?」


 香織の意見が欲しかったので聞いてみる。


「テレビやらで取り上げられてどこかの研究所とかが来て――そうなったらめちゃくちゃ面倒なことになって撮影どころじゃなくなる。せっかく40万円も使って小屋作りしてるのに……周りには絶対秘密にしなきゃ!」


「だよなあ。でもコレを映さず小屋作りの動画なんて撮れるか?」


「……」


 香織もどうすればいいか分からないようだ。いやほんと災難だなあ――と思うのが普通の感覚だが、逆に今の俺は笑顔でこんな事を考えてしまっていた。   



「あっちの世界面白そうじゃね?」



 その言葉を聞いた香織は何を言ってんだコイツ?という顔をしている。まあわかる。だが俺には感じられたんだ。今までに無いぐらいのワクワク感と興奮が体を駆け巡っているのが……。そう、小屋作りを始めた時かそれ以上に!


「主人公は異世界へ飛ばされ、ものすごい能力を手に入れてその世界で無双するんだ!」


 俺は独り言のようにつぶやいた。


「は?」


 キョトンとする香織。


「……っていうストーリーが王道なんだ。小説とかだと!ふっふっ、これはもう行くしかねえ!」


 俺はワクワクする気持ちを抑えきれずに穴に手を入れ異世界へと旅立った。


「は?正気?ちょ……ちょっと!?」


 困惑する香織の声は聞こえなくなり、また俺はあの大木の前に降り立つのだった。

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