僕たちの救世主 【フンバルトSide】

その日僕は、お館様の命令で、食べれるものを取って来い、とダンジョンへと送り出された。

年は16、スキルはソードマスターだけれど、鳴かず飛ばずであった僕を切り捨てたんだ、と感じた。

だって、そこのダンジョンは3Fまで行かないとオークが出ず、食べ物なんてちっとも出ないと有名だったからだ。

それでも食べ物を取って来いという言葉とともにそこのダンジョンに連れられて行く人間が多いのは、昔食べ物をたくさん出してくれたモンスターがいたからだと言い伝えられている。


曲がりなりにも私設騎士団の末席に名を連ねていた為、1Fのスライムはなんとかなる。しかし、2Fのゴブリンは数も多いし種類も多く、ソロでは攻略不可能と言われている場所だった。何回か潜ったことはあるが、2Fを突破出来た事がない。パーティで挑めれば違うかもしれないが、お館様に疎まれている僕をパーティに入れてくれる人間は誰もいなかった。


ダンジョン1Fの入り口を抜ける。

見慣れた青白いスライムを一閃、切り伏せた。

小さな魔石が1個、落ちてくるはずだった。いや、落ちては来たけれど、もうひとつ、山ぶどうが落ちてきた。

スライムだけなら山程倒してきた。こんなのは初めてだった。口に入れると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。


久しぶりに食べ物を食べたせいで、うっかり涙がこぼれてしまった。

現在麦の不作で食糧難に陥っている。そのせいで騎士団でも食事はパンがなく、野菜スープだけで済ますことが多かった。

いま改めて考えてみると、たくさん食べる騎士こそ、自らで食料調達をして来いというのは理にかなっているのかもしれない。

しかし山ぶどうだけで生きていけるはずもない。

あたりを見回すと、白く濁った体に黄色い頭をしたエッグスライムがいた。

切りかかり、倒してみると、魔石とともに卵がドロップ。そして一緒にドロップした紙を開いてみると、色鮮やかに調理の内容が書いてある。


フンバルトはとっさにレシピを胸にしまった。料理のレシピは料理人でなければ知り得ない秘匿された情報だ。

まずは報告に帰ろうと、踵をかえしたところで、新手のでかいスライム、調味料スライムに出くわしてしまった。

いままでのスライムの3倍程大きい。剣で切り付けてもダメージがないのか、こちらへ体当たりしてくる。


山ぶどうを食べたとはいえ、日ごろからおなかをすかせている身体だ。拾った卵を大事に抱えていたせいもあり、うっかり転げてしまう。

土の上に転がった体は、大きな調味料スライムに乗り潰されてしまうか、と思ったその時。


ぽかっ

ばーん。


【調味料スライムは9999のダメージを受けた】

【油×1 醤油×1 砂糖×1 塩×1 料理酒×1 出汁の元×1 コンソメ×1 味噌×1 魔石×1を手に入れた】


フンバルトが見たのは少女の後ろ姿で、アナウンスで聞いた調味料の数々を手に取り、震える手で抱きしめた。


「調味料、詰め込みすぎかしら。強すぎるのも問題ね」


そんな声は、ダンジョンの奥底に消えて行った。


それから命からがら逃げてきたフンバルトは、お館様に面会を申し出た。


夕刻、面会希望が叶えられ、フンバルトは手に入れた山ぶどうを含め、値千金な砂糖なども献上した。


「フンバルト、よもや窃盗を働くとはなんとも嘆かわしい」


「いいえ、お館様、これはあのダンジョンで手に入れたものです。新種のスライムがいました。それを倒したら、卵が落ちたのです」


「しかしこの砂糖の輝き。こんな純度の高い砂糖は最早今現在の飢饉の真っ最中では手に入らなかろう」


「ダンジョンに行けば手に入るんです、騎士団を動かしてください! それと、これを」


フンバルトは胸にしまっておいたレシピをそっとお館様に渡した。


「これは!! なんともここまで色鮮やかに塗ってあるレシピなど、初めて見た」


「スライムを倒して、手に入れました」


「ええい、料理人を呼べ!」


「はい、ここに。フンバルトが持ってきたのは新種のレシピです。私どもも知らない料理です」


「それでそれは作れるのか」


「今回持ち帰ってきた食材のほかには、たまねぎと米が必要になります」


「では、意味がないではないか! 米など聞いたことがない」


「しかし、ダンジョンでレシピが出たと言うのならば、もしやダンジョンで米も取れるのではありませんか」


お館様はむむ、と唸ると、一呼吸をして、フンバルトに告げた。


「お前に騎士団の命令権を預ける。見事、米および食材を手に入れて来い」


「お任せください」



こうしてフンバルトは騎士団を率いて、ダンジョン探索をする事になった。

翌日の夕方、3Fまで探索が終わったと連絡があった。

応接間でフンバルトはお館様と対峙していた。


「して、フンバルトよ。守備はどうであったか」


「料理長に確認してもらいました。鶏肉と豚肉と卵を多数。それと米や野菜、調味料、小麦粉も入手致しました」


「なに? 小麦粉まであるというのか。料理人よ、どういうことだ。小麦はいま不作で私たちのパンも作れぬ程であろう」


「お館様、今日からは焼きたてのパンをお出し出来ます。どういうわけかわかりませんが、ダンジョンはいま食材の宝庫なのでしょう」


「では、例のレシピも試してみたか」


「はい。親子丼という鶏肉と卵を使った米料理ですが、たいへんおいしかったです。現在試作をしておりますが、お館様も召し上がられますか」


「まずは食材を取ってきた騎士団の面々に食べさせてやってくれ。私は明日で良い」


「かしこまりました」


食材はいくらあっても足りないのだ。

食糧難の現在、大盛りの親子丼は騎士団員に大好評だった。


「うまい」

「出汁が効いてる」

「鶏肉も卵もたっぷりだ」


フンバルトはこれから毎日、騎士団の実習としてダンジョン探索をすることに決めた。



その3日後。


あるスライムを倒した時、出てきた紙に書かれていたのは───


───私にも親子丼食べさせてください。



毎日親子丼を食べていた騎士団員は、ダンジョンでもおおいに親子丼を褒め称えていた。

それを聞きとがめたフローシャが、こっそりメッセージをスライムにしのばせたのだ。


フンバルトは熟考の末、本日21時にダンジョン内にて会いましょう、とメモを残して去っていた。


それをしっかり見ていたフローシャは、21時にやってきたフンバルトをコアルームに招いて見せた。


「はじめまして、私はフローシャ。ダンジョンマスターをしています。ところで3Fのカツ丼は作ってみて貰えたかしら」


フローシャは粗末ななりをしていたが、肌艶もよく、健康そうだ。フンバルトは警戒を強めた。


「……フンバルトだ。カツ丼のレシピは渡してある。今夜はカツ丼だった。貴方は子供に見えるが……モンスターか?」


「正解。あ、うっかり切りかからないでね。食べ物出なくなっちゃうから」


「?! それは本当なんだな。では、君がダンジョンマスターか」


「そう。よくわかったわね」


「俺に君を傷つける意図はない。連日の食料採取に文句をつけられるかと思って一人で来たんだ」


「ここはダンジョンだもの。毎日来てもらって大丈夫。もっといっぱい来てくれると、4Fと5Fが使えるようになるんだけど、もう少し時間がかかりそう」


「たくさん来るとレベルアップするんだな。しかしいまは飢饉の最中だ。自殺志願者くらいしかうちの騎士団以外はいなかろう」


「そうなの。調味料スライムがそこそこ強いから、子供を呼び込むわけにいかなくって。それで、例のものはもってきた?」


「親子丼なら、持ってきたぞ。特別に作って貰ったんだ、心して食ってくれ」


「いっただっきまーす、うーんおいしい。これって料理人が作ったんでしょ? 私が作ったのより美味しい気がする。じゃあ、カツ丼も持ってきて」


「料理人に相談したが、ダンジョンには来て貰えなかった。フローシャが外に出れば、出来立てを食べれるぞ」


「おいしそう~~。でも駄目駄目。わたしはダンジョンコアを守らないとね」


「では、フローシャが外出している間は俺がここを守ろう。それでどうだ」


「あなた、人間でしょう。人間が生活できるように出来てないから無理よ」


二人の会話は平行線で、終わりが見えない有様だった。


仕方なく、カツ丼は明日持ってくることを約束し、入口に送り届けられるフンバルト。


翌日、約束通りカツ丼を届けて貰えて、大変嬉しそうに食べるフローシャが可愛いと思ってしまった。


(モンスターじゃなきゃ、良かったのに)


そう思ってしまうくらい、二人の距離は近づいていた。


「次はホットケーキが食べたいわ。レシピを入れとくから、料理人に届けてね」



そんなことを何日か続けたある日。

フンバルトは分厚い封筒を持って現れた。


「今日はスコーンじゃなかったの? 手紙なんて人間じゃないんだから持って来られても困るわ」


「スコーンも持ってきた。これは、うちのお館様から正式な招待状だ」


「どれどれ。えー、モンスターの私を逗留させるかわりに、ダンジョンの独占権を頂く。ダンジョンマスターの仕事を妨げることはしないと誓う、か……」


「どうだろうか?」


「独占しなくってもなくならないけど、久しぶりにベッドで眠るのもいいかもね」


「やった! 来てくれるんだな、フローシャ」


「毎日通ってくれるフンバルトに免じて、ちょっとやってみるわ。ダンさん、ダンジョンコアって移動出来るー?」


【フローシャのいる場所になら、一部を移しておける】


「じゃあそれやっちゃいましょう。目指せ4、5Fのオープンってね」


「俺たち騎士団が頑張って毎日めいっぱい探索するから、食材を山盛り頼むぞ」


「任せといて~♪」



こうしてフローシャは、お館様の客人として招かれる事になった。

ダンジョンは一般公開されず、お館様の私有地として立ち入り禁止区域とされた。


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