客人としての生活
ダンジョンの一部を移し、私はお館様の客人としてこっそり人間のような暮らしをしていた。
石鹸で身体を洗えたから、お肌もすべすべになったし、可愛い服も仕立てて貰えた。
「こんなにいらないっていったのに」
何枚もの着心地の良いワンピースを手に、フンバルトへ向き直る。
「お館様の誠意だ。いつまでもここにいていいって意味だそうだ」
「わかりにくいわね。今日はトンカツの日でしょ。フンバルト、食堂へ行きましょう」
クローゼットの片づけをそこそこに中断し、食堂へ向かう。
アンデッドのフローシャを連れてきた混乱は極小さいもので、お館様の遠縁のハーフエルフであるという事にされたからである。
その接待係をフンバルトは任命されていた。
フンバルトと手を繋いで歩く様は、とても仲が良さそうで、他の騎士団員も間に入れない程だった。
それはアンデッドである秘密を守る為でもあったが、いつしかフンバルトとフローシャは婚約者のような言われ方をしはじめた。
10才程離れているが、ハーフエルフなら見た目と年齢が一致しなくともおかしくない、という見方をされたようだ。
困ったのは二人ともである。
ただ、フンバルトは騎士として一生を終えようとしていたので、フローシャの気が済むまで付き合おう、そういった気概はあった。
フローシャも困ったが、人間の世のことである。そこのあたりはお館様とフンバルトに丸投げのつもりでいる。
トンカツは素晴らしく美味しかった。
やっぱり自分で作るより美味しい。それは料理人に頼んでいるだけじゃなく、一緒に食べるフンバルトがいるからでもある。
「一人じゃないって、大事だったのね」
そう独りごちる。
ある晴れた日に、食堂のおばちゃんに声をかけられた。
「フローシャちゃん、飴をあげるよ」
「ありがとう、おばちゃん。……ふたつ?」
「1つはフンバルトの分だよ。これからダンジョンへ食料採取に行くだろう。応援しておあげ」
「……はい」
ひとつはもう口に入れて甘い味を楽しんでいる。もうひとつを渡すことを考えると、ドキドキと胸が早鐘を打つ気がした。
「フンバルト、はい」
「なんだい? 飴?」
「貰ったの」
出立間際に間に合い、言葉少なに会話を交わす。
「気を付けて行ってきてね。そろそろ地下4Fが開くから、無茶しないでね」
「もうすぐなんだな。今日も頑張って来るよ。飴も、ありがとう」
そんなやりとりを終えて、フローシャは自室に割り当てられた部屋に戻った。
部屋に戻っても、ダンジョンは順調だし、する事がない。今夜は麻婆茄子が食べたいが、出来るだろうか。
部屋を出て、食堂に向かう。
騎士たちは出立しており、ガランとしていた。
夕飯の仕込みをしているおばちゃんは忙しそうにしている。
───これだわ!
「おばちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは。どうしたんだい? フローシャちゃん。飴は渡せたかい?」
「渡しました。ありがとうございました」
「どういたしまして。何か他に用事かい?」
「今夜のおかずって決まってますか?」
「今夜は天ぷらっていうレシピを使って作るよ。あとはご飯と味噌汁だね」
「わぁ、おいしそう! それで、麻婆茄子はどう思いますか?」
おばちゃんは困ったように上を見上げた。
「ちょっと知らないレシピだね。また新発見されたのかい? 料理長からは聞いてないねぇ」
「わかりました! じゃあ、また後で来ます」
じゃあ早速ダンジョンコア(庭に埋めさせてもらった)の所へ行こう!
見事な庭園のずっとはじっこ、誰も来ないような一角に、フローシャのダンジョンコアは埋められていた。
本体よりずっと小さくて、かつ大きい魔石くらいのダンジョンコアは、光り輝かないように入念に踏み固めてある。
この場所なら、ダンジョンと同じことが出来るのだ。
右の部屋へ転移し、騎士団の皆が元気かどうか確認する。
ふむふむ、4人一組のパーティで、脱落者はいないみたい。
フンバルトは……先頭ね。元気そうにオークを叩きのめしてるわ。茄子を追加してもいいわよね?
ダンジョンの作り方を開き、麻婆茄子のレシピを作る。
さーて、いくわよーっ!
麻婆茄子スライム、かもーんっ
紫色のスライムが現れた。
ぽかっ
【麻婆茄子スライムは9999のダメージを受けた】
【鶏ガラスープ×1 お好み焼きソース×1 ケチャップ×1 ウスターソース×1 麻婆茄子のレシピ×1 魔石×1を手に入れた】
薬味スライムかもーんっ
淡い緑色のスライムね。
ぽかっ
【薬味スライムは9999のダメージを受けた】
【ニンニク×1 ショウガ×1 魔石×1を手に入れた】
激辛スライムかもーんっ
真っ赤なスライムね。
ぽかっ
【激辛スライムは9999のダメージを受けた】
【豆板醤×1 甜麺醤×1 魔石×1を手に入れた】
野菜スライムかもーんっ
ぶよぶよとでっかい緑色のスライムね。
ぽかっ
【野菜スライムは9999のダメージを受けた】
【ピーマン×1 長ネギ×1 キャベツ×1 なす×1 魔石×1を手に入れた】
根菜スライムかもーんっ
見た目は玉ねぎっぽいスライムね。
ぽかっ
【根菜スライムは9999のダメージを受けた】
【たまねぎ×1 じゃがいも×1 かぼちゃ×1 サツマイモ×1 魔石×1を手に入れました】
【3F配置モンスター】
【オーク、野菜スライム、麻婆茄子スライム、激辛スライム、根菜スライム、薬味スライム】
よーし、これでいいわね!
ダンジョンコアルームでフンバルトを見る。
新種のモンスターに冷静に対処してるわね。よしよし、3Fはこれでよしと。
今日はこれで戻りましょう。
フローシャはお館様の屋敷の庭に戻った。
部屋でごろごろしていると、騎士団が戻ったとの声が聞こえた。
慌てて身支度をして、出迎えに行く。
皆かすり傷はあるようだけれど、重傷者はいなそうだ。あっ、フンバルトがいたわ。
「フンバルト、おかえりなさい」
ダンジョンでさっき見ていたからちょっと照れくさい。
「さっき、来ていたんだな。新種が出て驚いた」
「麻婆茄子のレシピはドロップした?」
「もちろん。フローシャの楽しみはご飯だけなんだろ? さっそく報告してくるよ」
「よろしくねーっ」
いつもならこの後もご飯までごろごろしてるんだけど……。
今日のフローシャは違うのだ。
食堂へ行き、手伝いをさせて欲しいと頼み込んだ。
元が社畜だし、なんもしてないのは暇すぎる。
「フローシャちゃんはお館様のお客様だからねぇ。手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、料理長の許可が下りるまではやめておこうね」
「はぁい……」
そういえばフローシャは客人だった。
夕飯の誘いにきたフンバルトに、食堂の手伝いをしたいと申し出ると、お館様に聞いてみると言って貰えた。
今夜は天ぷら定食だ。玉ねぎ、鶏肉、かぼちゃ、ピーマン、サツマイモ。どれもおいしく揚がっている。
味噌汁はじゃがいもの味噌汁だった。ごはんをかっこみ、おなかいっぱい食べて、英気を養うフローシャでした。
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