色の消えていく世界

遠藤みりん

第1話 色の消えていく世界

 私は万華鏡を拾った。

 アスファルトの道の上に落ちていた。

 何故こんな所に落ちているのかは分からない。


「懐かしいな」


 幼い頃を思い出し持ち帰ってしまった。


 誰も居ない真っ暗な家に帰り、玄関の灯りを点ける。

 閑散とした薄暗い部屋が目に映る。真冬でも無いのに何処か冷たさを感じる部屋だ。


 椅子に座り私は万華鏡を覗いてみた。


 青


 水色


 空色


 瑠璃色


 視界一杯に青の世界が広がる。私は万華鏡を傾けしばらくの間、青の世界を楽しんだ。


 万華鏡から目を離すといつもの部屋の景色に変わる。


「あれ?何かいつもと違うな……」


 何か違和感を覚えた。


 それは小さな小さな違和感だ。


 私は大して気にもせずにまた万華鏡を覗いた。


 次は鮮やかな黄色の世界が広がっている。


 真夏の向日葵を思わせる見ているだけで元気が出てくる様な色だ。


「綺麗だな……」

 

 しばらく万華鏡を覗いていた。目を離し部屋を眺めると明らかに景色が違う。


「色褪せている?」


 私は独り言を呟き、部屋を観察する。

 本棚に目をやると青と黄色の背表紙が真っ白く変化していた。まるで漂白されてしまった様に……


「どうして?」


 私は手にした万華鏡を見つめた。映し出された色が失われている?そんなはずない……


 再度、万華鏡を覗いてみる。


 鮮やかな紫の世界……


 万華鏡から目を離す。お気に入りだった紫のワンピースが真っ白になってしまった。


 万華鏡を覗いてみる。


 チョコレートの様な褐色の世界……


 万華鏡から目を離す。部屋の褐色だった扉も真っ白になってしまった。


「こんなのおかしい……」


 それでも私は覗くことを辞めなかった。


 緑


 灰


 橙


 銀


 金


 万華鏡は様々な世界を私に見せてくれた。

 

 その度に私の世界から色を奪っていく。

 

 色の失ったモノクロの部屋で私は激しく色を求めた。


 すっかり色褪せた包丁が目に映る。


「色が見たい……」


 私は包丁を右手に持ち左手首を切った。

 真っ赤な血液が溢れ出してくる。


「綺麗だな……」


 真っ赤に染まった私。それでも万華鏡を覗く事が止められない。


 万華鏡には真っ赤な世界が広がっている。


 万華鏡から目を離すと遂には手首から流れる赤色も失われてしまった。


 私の意識は遠のいていく……


 最後に薄れていく意識の中、万華鏡を覗いた。


 真っ白な世界がそこには広がっていた。


「綺麗だな……」

 

 私はそう呟くと瞼を閉じた。


 真っ暗な世界だけが残った。


 


 



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