第2話

今日も、きっかり8:30に着いた。

荷物を置いたら、窓を開けて、ざっと掃除機をかけて、待合室の机を拭く。

まあ、待合室といっても、入り口を入ってすぐ、カウンターの前に白いアンティーク調の丸テーブルと、セットの丸椅子が置いてあるだけなのだが。


梟の事務所は、誰にでも見えるわけではない。ある特殊な感情を抱いた者、かつ期限が近づいた者だけが目にし、入店できる。つまり、「その生物が死ぬちょうど1年前」に事務所は認知可能になるのだ。

ちょっと、意味がわからないって?まあ、私もここで働くようになって2年経つが、いまでもよく分からない。



「おはよう御座います。琥珀さん。今日も早いですね。」

「おはよう御座います。平さん。今、お茶だしますね。」

「いいよ、いいよ。済ませてきたから。」

「そうですか。では、紅茶を沸かしておくのでお好きな時にどうぞ。」


いつも、ありがとうねぇ。なんて仰るこのダンディーなイケおじ様は、平 賢造 (たいら けんぞう) さん。この事務所の150代目当主で、レトロカフェのマスターが似合いそうなおじ様です。


そして先ほどから、脳内でおしゃべりばかりを続けている、この私は石川 琥珀 (いしかわ こはく) と申します。よろしくお願いします。なんて、だれに自己紹介してるんだか。


自己紹介ついでに、この事務所についてもご説明したいと思います。

ここは、梟の事務所といって、代々平家が受け継いできた事務所だそうです。

常人には見えないこの事務所の仕事内容は、「このままいけば、あと1年で死ぬという生物に、生きるか死ぬかの選択をさせること、もしくは死ぬ整理の手伝いをすること」です。


つまり、人間に限らず、余命1年を迎えたお客様の、心残りがないようお手伝いをする、もしくは、1年以内に自殺してしまうであろう方々のご相談にのる。というお仕事です。



現在ドイツ建築を採用している、この事務所は当主の趣味に合わせて様々に外観を変えてきた。ある時は、純和風、そしてある時はアール・ヌーヴォー、一昔前までは近代的なコンクリートビルディングだったそう。個人的には、今が一番好きだ。

入り口のドアは、格子状の白い木枠に燻んだガラスが上から下まで嵌められた、観音開きになっている。そこを入ると、使い込まれた木製のカウンターがあり、カウンターと入り口の間の壁、入り口から見て左手には、ぎっしりと本の詰まった白い本棚がある。

右手には、前述の待合室。カウンターを超えると、なぜか一段高くなった4畳半の畳の間、その奥には、平さんの作業机、その手前には私の机が置いてある。


ちなみに、私の机の後ろの壁には、ガラス格子の窓があり、そこからは小さな中庭が見える。私のお気に入りだ。そして、平さんの机の後ろは前面本棚である。

カウンターのすぐ横に、濃いブラウンの扉があって、そこはキッチンだったり、食料・食器等の棚だったり、お風呂とトイレが2つあったりする。


2階は平さんの居住スペースで、3階は平さんの子供たちの部屋が残されている。妻のタカコさん曰く、子供達が孫を連れてよく帰ってくるからだそう。


そうそう、こんな不思議な仕事をしているけれど、私も平さん一家も、ちゃんと人間です。


”チリン、チリン“


あ、仕事だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星の花が降る頃に @ktren

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る