第4話

 やっぱり着なれないな。

 俺は自分の服装を見てそう思った。


 制服と呼ばれるらしい、この服はアイカが着ていたやつとデザインが似ている。

 動きづらい。


「みんな、今日は転入生が来ます」


 教室から教師のホノカの声が聞こえる。

 そして次には、中が騒然としていた。


「女子!?」


 誰かがそんなことを聞く。

 悪い、男だ。


「じゃあ、入ってください」


 ホノカの指示に従い中に入る。

 全員の前に立つ。みんな、静かに俺を見ていた。


「橘君、自己紹介を」


「お、いたいた。アイカ、カエデに頼んでお前と同じクラスにしてもらったぞ。嬉しいだろ?」


 席に座る生徒の中にアイカを見つけたから手を振る。


「は、はあ、べ、別に嬉しくないし!というか、同じクラスって意図的なの!?ママも何で許可したの……って、それより自己紹介!」


「あ、そっか。リオだ、よろしく」


 教室は静かだった。

 おい、どうすんだよ、この空気。俺はホノカに視線を送る。


「た、橘君、あまり身勝手な行動は控えてくださいね」


 顔をひきつらせながらホノカが注意する。


「ごめん」


 素直に謝っとこ。俺が悪いし。

 すると、ホノカはさらに顔をひきつらせる。


「あ、あの、私はこれでも先生なのでけ、敬語を……」


「え、ホノカは平民――」


「ちょ、ちょっとアンタ来なさい!!」


「うげっ」


 いつの間にか俺の前に移動していたアイカが俺を引きずって教室を後にした。



 アイカに引きずられること数十秒。誰もいない階段まで運ばれる。


「早い!」


「え?」


 アイカが顔を真っ赤にして怒っていた。

 俺は何が早いのか分からず首を傾げる。


「入学してくるのが早いの!リオ、まだ日本の常識ほとんど知らないでしょ?」


「でも、カエデに頼んだらあっさり『いいわよ』って言われたぞ?」


 さすがに俺一人じゃ入学できないからな。

 アイカのお母さん――カエデがこの学校の学園長だったから頼んでみたんだ。アイカには黙っておいた方が面白くなると思って言わなかった。


「何考えてるの、ママは?リオは昨日、日本に来たばかりなのに」


 アイカが深いため息をついた。


「あんま落ち込むなよ。なんとかなるって」


「……もうやだぁ」



◇◆◇◆◇◆



 数分後、必要最低限のことをアイカに叩き込まれて俺とアイカは教室に戻った。


「いきなり教室を出てしまいすみませんでした、松山先生」


「すみませんでした」


 アイカに習ってホノカ……松山先生に頭を下げる。


 ニホンでは年齢が上の人を敬うらしい。

 俺の世界じゃ地位で見るけど、そもそもニホンでは生まれで地位に格差はないらしい。


「え、あ、はい大丈夫です。綾野さんは自分の席に戻ってください」


 アイカが返事をして自分の席に戻る。

 俺はさっきと同じように皆の前に立たされる。


「じゃあ、橘君に質問とかありますか?」


 まだ、自己紹介は終わっていなかったらしい。

 ちなみに、橘というのは俺の苗字。ニホンでの俺の名前はたちばな莉央りおになる。


「はい!」


 女子が元気良く手を上げる。


「ハーフですか?」


「んー、物心ついてすぐに親に捨てられたから分かんね」


『…………』


 あれ?なんかミスった?


「ご、ごめんね、橘君。なんて言っていいのか分からなくて」


 松山先生が申し訳なさそうな表情をする。


「何も言わなくても大丈夫ですよ。次の質問は?」


 ……何故か静かになった教室からは、手が上がらなかった。


 これで、終わりかと思ったとき、一人の男子が手を上げた。


「職業は?」


「……あっ」


 誰かが、小さな声を上げる。

 俺はそれを気に止めずに答えた。


「それ、俺ないんだよね」


 再び静まり返る。


 あれ?なんかミスった?

 でも、小さなざわめきが起きている。

 そして、ガキの頃によく向けられていた嘲笑うような見下した視線を感じた。


「松山先生、もう良いですよね?」


 席を立って強気にそう言うのは、アイカだった。


「そ、そうですね。じ、自己紹介は以上です。皆、仲良くね」


 松山先生がそう告げるが返事をする人は誰もいなかった。


「松山先生、リオは私の隣でいいですか?」


 また、アイカが先生に主張する。

 ……なんか態度強くなってないか?


「は、はい」


 先生の采配で席を移動して、難なく俺はアイカの隣の席になった。


「なあ、俺なんかミスったか?」


 松山先生がいなくなってからも、遠目から嘲笑を含む目で見られていた。


「……ううん、リオは悪くない。本当に悪くない……全員痛い目見せようかな……」


「おい」


 なに真顔で怖いこと言ってんだよ。

 俺はアイカの頭を叩く。


「……冗談だよ。向こうがリオに手を出さない限り、私は何もしない」


 俺に手を出したら、何かするんだな。


「そんなことせんでいい。けど、どうしてそんな態度取られてんだ?」


「この世界では、職業がないと武器も魔法も扱えないんだって。それで、バカにする人がいるみたい」


「まじ?魔法が使えないって魔力がないってことか?」


 俺の世界だと誰にでも魔力はある。そして、魔力さえあれば、魔法はやり方を知っていれば誰でも使える。

 “職業”ってなんだろうな。


「それは知らないけど……。ごめんね、リオ。ここでも、こんなふうになるなんて……」


「気にすんな。俺が来たくて来たんだ」


 俺は落ち込むアイカの頭を優しく叩いた。

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