第2話

 アイカに歩幅を合わせて足を進める。


「絶対に車に飛び込んじゃダメだからね?」


「はいはい」


 さっきから何度も言われる。もう分かったって。

 俺は今忙しいんだよ。


 すれ違う人の服装とか、家の形とか。

 色んな知らないものが目に移る。


「……あ、危なっかしいなぁ。よし。り、リオ、手出して」


「?なんだよ」


 俺はアイカに手を差し出す。すると、アイカはおもむろに手を握りだした。

 ……コイツ、俺が飛び出さないようにって捕まえやがった。

 どんだけ信用ないんだよ。一応、四年の付き合いだろ。けど、色々心当たりがあるから何とも言えない。


「意外と手大きい……。それに、暖かい」


 アイカがボソボソと呟く。聞こえてんだけど。


「アイカの手が小さいんだよ。身体も細いし。どこからあんなバカ力が出てるんだよ」


「潰すよ?」


「ごめんなさい」


 怖い、この勇者。褒めたのに。

 でも、どこかご機嫌だ。


「あ……着いたよ」


 アイカの足が止まる。

 周りの家と比べて少し大きい。


 着いたのに全く動かないアイカ。

 右手をぎゅっと握られる。


「……アイカ?」


「ううん、何でもない。四年ぶりだから、ちょっとね……」


 肩を震わせるアイカ。俺は黙って隣に立っていた。



「ごめんね。中に入ろっか」


 数分経ってアイカが動き出す。


「おう」


 未だに手を取られている俺はアイカの隣を歩く。


 鍵を開け扉を開く。

 中に入って、大きな間取りの部屋に案内される。大きな机に椅子が向かい合って二つあり、座るよう言われた。


 なんだあれは……俺は、部屋の壁際に立っている黒い板を見ていた。

 スマホに似ているけど、スマホより大きい。後ろからは線が出ている。


「お待たせ……て、あれはテレビだよ。後で見せてあげる」


 テレビって言うのか。

 アイカが黒い液体の入った透明なコップを俺に渡しながら、説明する。


「この飲み物なんだ?それと、上にあるのは電気か?さっきアイカが開けていた大きい四角の箱はなんだ?あの椅子みたいなのふかふかそうなんだけど、あとで座っていい?それと、スマホ貸してくれ」


「後で全部説明するから、今はさっき調べて分かったこと話してもいい?」


 そっか。それも大事だな。

 アイカが俺の正面の席に座る。

 俺が頷くとアイカが説明を始めた。



 俺たちはアイカが異世界召喚された時の地球に来たようだ。アイカの身体は異世界から帰ってきた時のものではなく、当時のものらしい。

 言われてみれば少しだけアイカが幼くなったような気もする。


 それで、本題なんだが、およそ一年前この世界にダンジョンが出現した。

 原因は不明。半年間、自衛隊が調査して、それから数ヵ月後に民間人への立ち入りを許可。


 ダンジョンができたおかげで魔法が使えるようになった他に、職業というものもできた。

 “ステータス”と唱えると自分だけに見える情報が現れる。アイカが試したところ、“魔剣士”だったらしい。俺にはなかった。


 職業は、その適正にあった武器への造詣や熟練度を強化する。アイカの場合は魔法と剣だな。


 それからは、俺の世界と同じなんだが、ダンジョンを攻略する者を冒険者と呼ぶ。

 冒険者はギルドで高校生なら誰でもなれるらしい。D~Sまでのランクがある。


 ダンジョンの造りは、どんどん下に降りていく仕組みで、途中に魔物が現れる。

 最下層にはボスがいる。

 倒すと魔石が出てきて、それをギルドでお金に換金する。



「分かったことは、そんな感じかな」


「ふーん」


 俺はアイカから貰ったコーラを飲みながら相づちを打つ。

 これ美味しいな。冷たいし。


「“ふーん”って、それだけ?」


 俺の反応に不満があるのかアイカが眉をひそめる。


「まあ、ニホンのことはアイカの口でしか知らなかったわけだし、ダンジョンがあったなんて言われても俺にとっては普通のことだしな」


 俺の世界ではダンジョンなんて珍しくも何ともないからな。


「リオはそうだね」


「なんか不安があるのか?」


 アイカの突き放したような態度に疑問を抱く。


「私、ダンジョンできた日からどんなふうに生活してたか分からない。だから、どうしようかなって」


 あー、そうなるか。


「ま、何とかなるんじゃね?」


「……他人事だからって。でも、そうだね。どうすることもできないし、なるようになれ、だね」


「そーいうこと」


 アイカの顔に笑顔が戻った。


 ガチャッ


 突如、家の扉が開く音がする。


「っ!や、やばいママが帰ってきた!」


 ……アイカは何を焦っているんだろう?お母さんと暮らしているんだろ?


「何がヤバいんだ?」


「あんたよ!」


 アイカが思い切り俺に指差す。


「俺?」


「そう!な、なんて言おう!?」


「普通に仲間とか?」


「仲間だからって家に泊まらないから」


「じゃあ、執事?」


「どこのお金持ちよ。しかも世界観違うから!」


 そりゃあ、生まれた世界が違うからな。


「愛花、いるのー?」


 アイカのお母さんの声がすぐそこまで聞こえる。

 慌てふためくアイカ。

 そんなことしているうちに、俺たちのいる部屋の扉が開かれた。


「ただい……誰?」


 アイカのお母さんが口を半開きにして、俺の方を注視していた。

 おー、アイカにそっくりだ。


「ま、ママ、この人はね、えっとぉ……」


「え……誰?」


 アイカのお母さんは、今度はアイカの顔を見て告げた。


「……ぇ?」


 アイカの喉から悲痛な声が漏れた。

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