第1話

「ん……」


 目を開けると、緑の木があった。その上には青い空がちらつく。

 この木、イリム王国のものじゃない。


 ……てことは、まさかっ!


 俺は辺りを見渡した。地面に転がっていたアイカを見つけた。


「おい!アイカ、起きろ!」


「……ぇ?」


 ぼんやりと目を開くアイカ。


「ニホンだ!ニホン!!」


 ここが、アイカの話してたニホンか!魔法がなくて、その代わり科学技術が物凄く発達したっていう。


「うるさい、リオ。日本にリオがいるわけないじゃん。あれは夢だったんだ……」


 アイカがまた目を閉じようとする。


「夢じゃねぇよ。起きろ」


 俺はアイカの頭を叩いた。


「何するのバカ……て、あれ?ここ北山学園の中庭……どうして、異世界で燃えちゃったカバンが……もしかして、異世界召喚されたのって、夢……?」


「おーい、じゃあ俺はどうなるんだよ?」


 アイカが沈黙して虚ろな目で俺を見つめる。

 たぶん、思考を放棄したな。

 俺がここにいる説明だけでもするか。


「――はあ!?じゃ、じゃあ、無理やり着いて来たってこと!?」


 俺の説明を聞いたアイカが驚嘆の声を上げる。

 今は俺と同じように地面に座り込んでいる。


「まあ、そうなるな」


「……確かに、あの時誰かが押し入ってくるような感覚あったけど、無茶したね」


 アイカがため息をつく。


「無茶してでもニホンに来てみたかったんだよ」


「え……そ、それって、もしかして、わ、私がいる――」


「おい、馬より速いっていう車はどこだ!?ドラゴンより高く飛ぶ飛行機は!?エスカレーター!自動ドア!銃!」


「はぁ……、期待した私がバカだった」


 アイカが再度ため息をつく。


「あーそういうことか。もしかして、“アイカと離れたくなかった”とか言って欲しかったのか?」


 俺はニヤニヤしながら言う。


「は、はあ!?な、何言ってんの、勘違いしないで!誰がそんな言葉欲しいわけ!?」


 アイカが顔を真っ赤にして全力否定する。


「へぇ、あの時、好きだの大好きだの、愛してるだの言ってたのに?」


「…………ッ」


「お前、キスしてきた上に舌まで――」


「死ね!」


 アイカが拳を振り上げ、俺の胸に力加減なく放つ。

 速すぎて不可視の拳が俺の胸に吸い込まれる。


 ボコッ


 全身に張っておいた防御魔法が凹む。


「お、お前殺す気か!?」


「死んじゃえ!ああぁぁぁぁっ、着いてくるなら言っておいてよ!そしたら、あんなこと言ったりしたりしなかったのにぃ!」


 アイカが顔を隠して地面に転がる。


「俺はちゃんと言ったぞ。“これ以上は言わない方がいいと思う”って」


「言われたけどぉ、言われたけどぉ!」


 アイカが地面にうつ伏せになる。

 耳の端が真っ赤だった。


「落ち着けよ。俺はアイカのこと嫌いじゃないぞ」


「私は嫌い!」


 この元勇者、ツンデレだった。


「……なあ、アイカ」


 俺は一転して真面目な声でアイカの名前を呼ぶ。


「なに!?」


 アイカが怒鳴りながら返事をする。


「ここって、ニホンであってんの?」


「……?そうだよ。ここは、北山学園の中庭。そして、たぶん今は私が異世界召喚される直前」


 アイカが首を傾げながらも答える。


「じゃあ、なんで魔力をあちこちで感じるんだ?ニホンって魔法とかないんじゃなかったのか?」


「え、……ほ、本当だ」


 アイカが戸惑ったような表情をする。


 ルゥ、ミスった?


「で、でも確かにここは……あ、カバンがあるってことはスマホも!」


 アイカがカバンを手繰り寄せ中から薄い板を取り出す。


 なんだそれ?

 俺がそう聞く前にアイカは手を動かす。すると、薄い板が淡く光り出した。


「アイカ、それなんだ!?」


「え、これはスマホって言って色々できるんだけど……説明難しいなあ。というか、調べるから後でね」


 アイカは素っ気ない態度を取って、黙々とスマホを弄りだした。


 ……何それ、めっちゃ気になるんだが?

 奪うか?いや、使い方分からないし、今の現状を調べてくれてるわけだし……


 説明聞いたら貸してもらおう。


 今は探索するか。


 辺りを見渡した時に、遠くに白い建物を見つけた。王都でもあんなに高い建物はあまり見たことがない。

 あそこに行こう。


 俺は足を進めた。


 しばらく歩くと一層大きく見える白い建物が目の前にあった。

 これ、何の素材だ?木でも石でもない。ザラザラしてる。


 入り口見っけ。警備はいない。無防備だな。

 アイカの言う通りニホンは平和なんだな。


 俺は白い建物の中に入った。



◆◇◆◇◆◇



「……嘘でしょ。リオ、この世界は確かに私がいた世界なんだけど、歴史が変わって……って、リオ?」


 リオの声が全くしなかったから、スマホから目を離すとリオが姿を消していた。


「……え?どこ行ったの?」


 まさか、一人でどこかに行った?というか、それしかない。

 あの、バカ。ニホンでの常識何も知らないくせに。

 リオの魔力は……見つけた。校舎の中にいる。



「いた」


 魔力を追ったから、リオはすぐに見つかった。

 屋上で静かに外を眺めていた。


 汚れのない白髪に、私より白い肌。身体は少し細くてひ弱に見えるけれど、隣に立つと背は私より頭一つ大きくて、頼もしくて安心する。

 灰色の瞳が綺麗で笑顔がとても優しくて、癒される。


 ま、普段は生意気なんだけど。口を開けば、軽口ばかり。


「リオ、勝手に動かないでよ。あんた、日本のこと何も……リオ?」


 私の声が届いているはずなのに、身動き一つしないリオを不審に思い、近づく。

 隣に立ち、顔を見るとリオは子供のように灰色の瞳を輝かせていた。


 瞳の先にあるのは、私は見知っている車とかバイク、自転車。


「……アイカ、俺ニホンに来れて良かった」


「無理やり来たんでしょ」


 あの世界には、ルゥちゃんが……

 そう言いたかったけど、やめた。リオが決めたことだから。誰もリオを縛る権利なんてない。


「ここなら、俺は誰にも迷惑かけずに生きれるか?」


「それルゥちゃんに言ったら怒られるよ?」


「……そうか」


 でも、言いたくはないけど、リオの存在は確かにルゥちゃんの迷惑になっていたとも言える。


 リオはアルビノ。でも、異世界ではそれは知られてはいない。


 アルビノの瞳は異世界では侮蔑されている。

 魔法を使った時に、灰色の瞳が赤く光るから。その時の瞳が、魔物や魔族の赤い瞳と似ている。

 だから、それらの生まれ変わりと差別された。


 イリム王国では禁止されたけど、それでも心の底では嫌悪感を抱く人は多い。特に貴族に。


 王族でありながら、忌み子を傍に置くルゥ。

 それで、間接的にルゥちゃんまでも嫌悪されていた。


 でも、ルゥちゃん自身は決してリオを迷惑だなんて思ってなかった。


「リオ、あんたがそんな理由だけでこっちに来たって言うのなら、異世界に戻すからね」


 そんなんじゃ、残されたルゥちゃんがあんまりだ。


「だけじゃない。アイカが話していたニホンを自分で見たかったんだ」


「それなら、いいけど。じゃあ、私の家に行こっか。調べて分かったこと話したいし」


「そうだな」


 リオが外から視線を外して私に視線を移す。


 それにしても、今が放課後で良かった。今のリオの格好は日本では明らかにおかしいから。ピーターパンが着ている服と似ている。


「服買わないとね。それに、ベッドも色々。その前にママに何て言おう?」


 か、彼氏じゃないし……拾ったとも言えないし……。


「……え?一緒に暮らすのか?」



 屋上に一筋の風が吹く。


 リオが驚いた表情で私を見ていた。


「あんた、家ないでしょ?」


 どうやって暮らすつもりだったの?お金もあるはずないし。

 それに、身分証明書も作れないから働けないだろうし。


「いや、襲われないか不安なんだけど」


「……は?」


 真面目な顔して何言ってるの?


「いや、さっきのキスでタガが外れたんじゃ――」


「うるさい!」


 言い終える前にリオの胸に右拳を着き出す。


 ボコッ


 リオの張った防御魔法が凹む感触がした。


「あ、危な!?じょ、冗談だろ!ごめんって」


「言って良いことと悪いことがあるでしょ!?」


「わ、悪かった!だから、何回も殴るのやめろ!防御魔法が間に合わん!」


 喋ってる余裕あるくせに!


「もう、本ッ当に大ッ嫌いッ!!」

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